抗がん剤に対するばく露防止対策

近年、がん治療における化学療法は目覚ましい進歩をつづけており、それに伴い医療スタッフが取り扱う抗がん剤の種類や量も増加しています。抗がん剤は患者に適切に投与することでの効果が高い半面、取り扱う医療従事者の健康にも影響を及ぼす薬剤(Hazardous Drugs: HD)であるという概念は、国内ではあまり普及しておらず、ばく露による影響についても十分に伝えられていません。

しかし、医療スタッフの健康に影響を及ぼすことであり、各医療施設の組織的な取り組みが重要です。院内での取り扱いマニュアルや安全チェックリストの作成、職員への教育・訓練や健康管理などを行い、安全に取り扱えているか監視する体制を構築することが必要となります。被ばく経路とリスクを正しく理解した上で、実現可能で有効な対策を取ることが大切です。

抗がん剤ばく露の影響

HDの職業性ばく露は、急性・短期間の反応だけでなく、長期的な影響とも関連しており、催奇形性、発がん性が証明されている抗がん剤も多くあります。また、抗がん剤を取り扱う医療従事者の染色体異常※1や流産発生率の増加※2なども報告されています。日頃、抗がん剤を取り扱う看護師がその危険性を認識し、安全な取り扱いができるよう組織的な安全対策を整備することが急務となっています。

【引用文献】

  • Yoshida J, Kosaka H, Tomioka K, Kumagai S. Genotoxic Risks to Nurses from Contamination of the Work Environment with Antineoplastic Drugs in Japan. Journal of Occupational Health. 2006 ; 48 ( 6): 517-22.
  • Lawson C, Rocheleau C, Whelan E, Lividoti Hibert E, Grajewski B, Spiegelman D, Rich-Edwards J. Occupational exposures among nurses and risk of spontaneous abortion. American Journal of Obstetrics and Genecology. 2012 ; 206(4): 327.e1-327.e8

抗がん剤の職業性ばく露の機会

最近は、抗がん剤の調剤は、薬剤師や医師が安全キャビネット内で行うことが多くなっていますが、依然として看護師が、十分な安全対策なく病棟内で実施している例もあります。抗がん剤を運搬・与薬、また抗がん剤を投与した患者さんのケアを行う看護師も、吸入や接触、針刺しなどによりばく露する危険性が高まります。

近年、がん化学療法は外来通院で行われることが主流となっており、在宅で抗がん剤治療を行うこともあります。抗がん剤は、投与終了後48時間は体内に残存しているといわれており、患者さんの汗や体液が付着したリネン類を洗濯する患者さんや家族への適切な指導も必要です。

抗がん剤ばく露の防止

抗がん剤取り扱いの基本は防護であり、ばく露と拡散を避けることによって、抗がん剤の人体への侵入を防がなくてはなりません。手袋やマスク、ガウン、ゴーグル、キャップなどの個人防護具(PPE:Personal Protective Equipment)を適切に使用できるよう、院内での十分な指導や教育が必要です。

抗がん剤ばく露防止に関する国の動き

2014年5月29日厚生労働省労働基準局は、「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対するばく露防止対策について」(基案化発0529第1号)を各関係団体会長宛てに発出しました。この通達は、看護師や薬剤師等が抗がん剤を取り扱う際に、意図せずばく露した場合に健康障害を発症する恐れがあるため、必要な防止対策への取り組みを求めています。

【通達の内容】

「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対するばく露防止対策について」より引用

  • 調製時の吸入ばく露防止対策のために、安全キャビネットを設置
  • 取扱い時のばく露防止のために、閉鎖式接続器具等(抗がん剤の漏出および気化ならびに針刺しの防止を目的とした器具)を活用
  • 取扱い時におけるガウンテクニック(呼吸用保護具、保護衣、保護キャップ、保護メガネ、保護手袋等の着用)を徹底
  • 取扱いに係る作業手順(調剤、投与、廃棄等におけるぱく露防止対策を考慮した目体的な作業方法)を策定し、関係者へ周知徹底
  • 取扱い時に吸入ばく露、針刺し、経皮ばく露した際の対処方法を策定し、関係者へ周知徹底

職業性ばく露対策として、2010年の診療報酬改定により、注射薬調剤料に「無菌製剤処理料1」が加算として設定されました。これは、悪性腫瘍に対して用いる薬剤が注射される一部の患者さんを対象に、無菌室、クリーンベンチ、安全キャビネット等の無菌環境において、無菌化した器具を用いて製剤処理を行った場合に加算されます。

実際の取り組みに活用できる指針や報告書

日本薬剤師会では、抗がん剤をはじめとするHDを安全に取り扱う上で考慮すべき点を明らかにするために、海外のガイドランを調査し、2014年に「抗がん薬安全取扱いに関する指針の作成に向けた調査・研究(最終報告)」をまとめました。

2015年には、日本がん看護学会、日本臨床腫瘍学会、日本臨床腫瘍薬学会が合同して委員会を立ち上げ、本邦初の職業性ばく露対策ガイドラインである「がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン 2015年版(金原出版)」を発表しています。

【参考文献】

  • 日本薬剤師会, 抗がん薬安全取扱いに関する指針の作成に向けた調査・研究(最終報告), 2014
  • 日本がん看護学会、日本臨床腫瘍学会、日本臨床腫瘍薬学会, がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン 2015年版, 2015
  • 児玉佳之, がん化学療法におけるメディカルスタッフの職業性曝露とその予防について, Knowledge Communication Surgical vol.1, http://www.halyardhealthcare.com/media/12279393/knowledge_communication_s_vol1.pdf. (2015.12.01access)

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