薬剤誤投与への対策

    薬剤誤投与に関する事故およびヒヤリ・ハットの発生について

    日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業では、報告義務対象医療機関と参加登録申請医療機関から医療事故情報やヒヤリ・ハット事例の報告を収集、分析しています。
    重大事故として現れるのは氷山の一角であり、その下には軽微な事故やヒヤリ・ハットが隠れているといわれています。重大事故の背景に潜んでいる、事故に至らなかった危険な状況をしっかりと受け止め、事故を未然に防ぐ必要があります。

    医療事故発生報告件数は、2015年から2020年の5年間において、平均で324件となっています。この5年間の医療事故発生報告件数の中で、「起因した医療(疑いを含む)の分類別」では、上位は手術(分娩を含む)、次に処置、投薬・注射(輸血を含む)となっています。

    起因した医療(疑いを含む)の分類別医療事故発生報告件数

    起因した医療(疑いを含む)の分類別医療事故発生報告件数

    また、医療事故調査・支援センターが医療の安全を確保し、医療事故の再発防止を図ることを目的にまとめている「医療事故の再発防止に向けた提言」においても、薬剤の誤投与の重大性を鑑み、「薬剤の誤投与に係る死亡事例の分析」をテーマとした提言が2022年に公表されています。詳しくは、「医療事故調査制度」ページに資料を掲載していますので、ご参照ください。
    医療事故調査制度

    さらに、ヒヤリ・ハット事例の中で最も報告が多いのは、以下のグラフでもわかるように薬剤が関連する事例です。薬剤投与は看護職が直接的に実施することの多い医療行為の一つです。
    日本看護協会では、特に安全管理が必要な医薬品(ハイリスク薬)とされているカリウム製剤の投与間違いやインスリンバイアル製剤の過量投与に関する情報をまとめ、事故の未然防止に取り組んでいます。

    薬剤に関するヒヤリ・ハット発生件数

    薬剤に関するヒヤリ・ハット発生件数

    集計表(公益財団法人 日本医療機能評価機構)

    インスリンに関連した事故の未然防止に向けた取り組み(2024年度)

    インスリンバイアル製剤の過量投与に関する医療事故およびヒヤリ・ハット事例の発生状況

    医療事故情報収集等事業に報告のあったインスリンに関連した医療事故事例(2018年1月~2023年6月)は27件、ヒヤリ・ハットの報告件数(2023年1月~6月)は、5,788件でした。

    報告事例の27件全てで、誤って10倍量以上のインスリンを処方・指示または準備・調製した結果、過量投与に至っていました。投与方法としては「持続注射」が最も多く、次いで「静脈注射」、「輸液内混注」、「皮下注射」というように、看護職が日常的に行っている業務の中で発生しています。また、発生段階別にみると、「準備・調製」の段階での発生が最も多くなっていますが、「処方・指示」や「指示受け」の段階でも起きています。

    医療事故情報収集等事業に報告のあったインスリンに関連した医療事故事例
    発生年 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
    (1~6月)
    合計
    報告件数 6 3 4 6 5 3 27

    ※  医療事故は、報告義務対象医療機関と参加登録申請医療機関からの報告

    当事者の職種と職種経験
    当事者職種 職種経験年数 合計
    0年  1~4年 5~9年 10~14年 15~19年 20年以上
    看護師 3 7 8 2 0 6 26
    医師 1 8 3 0 0 1 13
    薬剤師 0 0 0 1 0 0 1

    ※  当事者とは当該事象に関係したと医療機関が判断した者であり、複数回答が可能

    発生段階
    発生段階 報告件数
    処方・指示 指示入力 3 6
      口頭指示 3
    指示受け 入力された指示 3 4
      口頭指示 1
    準備・調製 17
    合計 27

     

    日本で承認されているインスリンバイアル製剤は、1mLあたり100単位に濃度が統一されており、1単位は0.01mLとなっています。インスリンをインスリンバイアル製剤から正確に量り取るためには、一般の注射器ではなく、「単位/UNITS」と記載されている、インスリン専用注射器を使用する必要があります。しかしながら、インスリン専用注射器を「使用しなかった」という事例が多く報告されており、インスリン過量投与に至った背景として、「専用注射器を使用することを知らなかった」、「専用注射器がなかった・見つけられなかった」等が挙げられています。

    インスリン専用注射器の使用の有無
    インスリン専用注射器の使用 報告件数
    使用しなかった 20
    使用した 2
    記載なし 5
    合計 27

    第74回報告書(2023年4月〜6月)

    第75回報告書(2023年7月~9月)から引用・一部改変

    インスリンに関連した事故の未然防止に向けた取組み(2024年度事業)

    インスリン専用注射器を使用せず過量投与に至った医療事故については、これまで国をはじめ関係団体において、インスリンバイアル製剤にかかる添付文書の改訂や報告書等で、再発防止に向けた提言や事例分析等の注意喚起がなされてきましたが、いまだ後を絶ちません。
    2024年度、日本看護協会では、看護職によるインスリンバイアル製剤の過量投与に関連した医療事故防止を目的とし、現場の看護職1人ひとりが、あらためてインスリンバイアル製剤の取扱いや投与方法を見直し、意識化するための取り組みを行っています。

    日本看護協会が実施した主な取り組み

    ・第28回「看護職賠償責任保険制度」研修会(9月12日開催)
    ・機関紙 協会ニュース11月号「医療安全情報 インスリンに関連した事故防止に向けた注意喚起」
    ・チラシ・ポスターの制作・配布

    チラシ・ポスター

    インスリンバイアル製剤事故防止チラシポスター(B1サイズ)ダウンロード  チラシ(A4サイズ)ダウンロード

    インスリンバイアル製剤の取り扱いに関する注意喚起

    関係団体
    公益財団法人 日本医療機能評価機構
    医療安全情報No.1「インスリン含有量の誤認」(2006年12月)
    医療事故情報収集等事業 報告書
    ※第41~43回、第73~75回報告書をご参照ください。

    一般社団法人 日本医療安全調査機構 医療事故調査・支援センター
    「医療事故の再発防止に向けた提言第15号」(2022年1月)

    提言8:

    インスリンを指示する場合は単位で行う。
    インスリン専用注射器で量り取れない場合は、指示間違いを疑い、指示した医師に確認する。

    提言9:

    インスリンバイアル製剤からインスリンを量り取る際は、必ずインスリン専用注射器を使用し、他の注射器は使用しない。


    独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)
    インスリンバイアル製剤の取扱い時の注意について(インスリン注射器の使用徹底)(2020年11月)

    カリウム製剤投与間違い撲滅に向けた取り組み(2017年度)

    カリウム製剤の投与間違いの発生状況

    投薬・注射間違いの中でもカリウム製剤は、投与量や投与方法を間違うと不整脈や心停止など重大な事象につながります。急速静注が禁止されているカリウム製剤を、静脈ラインから急速静注した事例が報告されています。

    医療事故情報収集等事業に報告のあったカリウム製剤の急速静注に関連した事例
    発生年 2004年と〜2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 合計
    報告件数 0 1 0 3 0 1 2 7
    • 医療事故は、報告義務対象医療機関と参加登録申請医療機関からの報告
    • 急速静注に関連した事例のみの件数
    当事者の職種
    当事者職種 件数
    看護師 6
    医 師 4
    合計 10
    当事者の職種経験
    当事者職種経験 件数
    1年以下 6
    2年以上〜4年以下 3
    5年 1
    合計 10
      • ※当事者とは当該事象に関係したと医療機関が判断した者であり、複数回答が可能

     

    • 出典:公益財団法人 日本医療機能評価機構 医療事故防止事業部
    •    医療事故情報収集等事業 第40回報告書(平成26年10月〜12月)・平成27年3月26日から引用・一部改変
    •    医療事故情報収集等事業 第40回報告書

    カリウム製剤の扱いに関する注意喚起

    これまでに団体や国から発出された主な注意喚起等です。必要に応じてご活用ください。(2022年9月現在)

    日本看護協会

    高濃度塩化カリウム製剤」に関する注意!!(2004年6月28日)

    関係団体

    医療安全全国共同行動

    高濃度カリウム注射製剤の有害事象(誤投与含む)対策強化の提起(2017年11月)

    高濃度カリウム製剤の事故報告

    厚生労働省

     

    カリウム製剤の投与間違いをなくす実践例

    カリウム製剤の投与間違いゼロに向けて取り組んでいる各施設の実践例をご紹介しています。

    上尾中央総合病院(埼玉県)

    病院概要

    病床数:733床(ICU16床、CCU6床、HCU16床)
    看護職員数:763人
    上記内容は2017年12月時点

    取り組みの経緯と経過

    2003年、財団法人日本医療機能評価機構 認定病院患者安全推進協議会の緊急提言「アンプル型高濃度カリウム製剤の病棟および外来在庫の廃止」の発出を契機に、院内でカリウム製剤の管理や運用について協議を行い、翌年から高濃度カリウム製剤の関する独自の規定をつくり運用している。運用後、カリウム製剤の重大な投与間違いは発生していない。

    2003年 ①高濃度カリウム製剤取り扱い規定(初版)を作成し、運用を行う
    ②カリウム製剤の配置場所を限定(手術室、心臓カテーテル室、ICU、一部病棟)
    2007年 カリウム製剤の配置を手術室のみにし、病棟配置を撤廃
    2008年 ベース点滴等へのカリウム製剤の追加混注を禁止
    2012年 ①手術室に薬剤師を常駐
    ②カリウム製剤の定数配置を撤廃し、薬剤部に限定へ
    2016年 高濃度カリウム製剤取り扱い規定(第4版)

    主な取り組み

    1. カリウム製剤を含む処方は全て薬剤部で調製

    薬剤部以外の場所へのカリウム製剤の持ち出し禁止を規定化した。このため、カリウム製剤を含む処方は、全て薬剤部で確認して輸液等を調製(薬剤部で計4回確認)し、例外なく院内全ての部署に対して原液での払い出しは行っていない。

    手術室で使用する心臓外科手術用心停止および心筋保護液(ミオテクター冠血管注)についても、臨床工学技士からの請求により薬剤部でカリウム製剤を混注し、10分以内に運搬する手順を定めたことで、手術室の配置を廃止している。

    2. カリウム製剤をシリンジに移し替える行為および施行中の点滴内への追加混注を禁止

    プレフィルドシリンジを採用し、カリウム製剤のシリンジへの移し替え、ならびに患者に施行中の点滴内にカリウム製剤を追加で混注することも禁止している。

    3. カリウム補正用の院内製剤を考案・使用

    カリウム製剤の原液投与を防止するため、点滴バッグ式の(「K液」注射用水80ml+KCL20mEq)オリジナル製剤を考案して使用している(=写真)。バッグ式のためワンショットも防止できる。
    医師からの要望等があり、体への水分負荷を抑えたい患者向けの製剤内容を時間をかけて協議。「K液」は輸液ポンプのみで1時間以上かけて投与し、使用後6時間以内に血中カリウム濃度を測定することをルール化している。

    4. 院内研修の実施

    例年、新人職員や中途入職看護職員に対して、院内規定の周知を徹底するために、過去に他施設で発生したカリウム製剤に関する事故事例を紹介し、規定の意義等を研修等で伝えている。また病棟別年度品質目標で、ハイリスク薬の勉強会の実施を全病棟で義務付け、病棟専任薬剤師による定期的な研修を行っている。

    • 勉強会の開催回数や参加率など、病棟ごとに目標を立てて取り組む仕組みを運用し、主体的な活動を促している

    5. 取り組みに対する院内の評価

    同院の医療安全管理者や薬剤部長は次のようにコメントしている。

    • 年間を通じて看護師等の中途採用者が多い。一定の安全を担保する対策として、カリウム製剤の払い出し前に投与間違いを防ぐ方法が適している。カリウム製剤の投与間違いをなくすには、各施設の状況に応じたルールづくりが重要だ。
    • カリウム製剤の扱いに関する考え方を文書として明示している意義は大きい。非常勤の医師にも、当院の方法を示し理解を得ることができている。
    • 病院長の強いリーダーシップの下、組織全体で規定を決め、関係者のコンセンサスを得てきたプロセスが非常に重要。現在では、科ごとの例外的な使用もなく、異論を唱える者もいない。
    社会福祉法人恩賜財団済生会支部 栃木県済生会宇都宮病院

    病院概要

    病床数:644床(ICU/CCU16床、小児ICU18床)
    看護職員数:769人
    上記内容は2017年12月時点

    取り組みの経緯と経過

    2003年 高濃度カリウム製剤および希釈型リドカインの急速静注や過量投与について、心停止のリスクを考慮して医療事故防止のための運用方法を規定
    2005年 「静脈注射教育プログラム」にのっとり研修を実施
    2010年 院内に設置されている中央安全委員会により「要注意医薬品当院管理マニュアル」を作成し運用開始

    主な取り組み

    1. カリウム製剤の管理に関するマニュアル作成と特例事項のルール化と明示

    同院では、事故発生により患者に及ぼす影響の大きさを十分配慮し、使用上および管理上、特に取り扱いに留意しなければならない医薬品を要注意医薬品として「要注意医薬品当院管理マニュアル」にまとめている。その中で、カリウム製剤は要注意医薬品の1つに分類されており、定数配置、原液投与は原則禁止としている。
    しかし、「原則通りにはいかない」という現場の声を受け、MRM(メディカルリスクマネジメント委員会)で検討をし、救急外来、手術室、ICU、HCU、NICUについては、患者の有益性を担保し、危険性を考慮した上で使用するとし、配置と原液使用を認めている。
    これは、安全が担保されている(投与後、カリウムの血中濃度の測定をタイムリーに実施できる環境など)との院内の合意を得て、決定された特例事項としてのルールとして定められている。対象となる部署はMRMなどで明示されている。

    2. 静脈注射の実施に関する段階に応じた看護職の育成

    厚生労働省からの通知「看護師等による静脈注射の実施について」(2002年)を踏まえ、同院では05年から「静脈注射教育プログラム」にのっとり、院内研修を行っている。また、日本看護協会の「静脈注射に関する指針」(2003年)に基づき、4段階のレベルに応じた静脈注射の実施内容が定められている。同プログラムの研修において、カリウム製剤はレベル3以上(静脈注射基礎?修了)で取り扱いが可能となっている。特例でカリウム製剤の取り扱いが認められている部署では、レベル3以上の者が安全を担保してカリウム製剤を取り扱っている。
    同院では、入職後2カ月で「静脈注射基礎?」を、その年度下期に「静脈注射基礎?」を受講する。

    「静脈注射教育プログラム」では、院内における高度な静脈注射の実施などを認定するためのコースも設けられている。同コースの修了者は10人程度おり、「静脈注射基礎?」と「静脈注射基礎?」の講師となるとともに、査定表に基づき研修修了者のレベルの評価を行うことでカリウム製剤の取り扱いの可否を検討する役割も担う。さらに、同コースの受講者が各部署から1人ずつ集まり、小グループとなって注射業務の要綱や静脈注射に関する問題の検討などを行い、カリウム製剤を含む院内の注射に関する看護業務の安全を担保している。

    ※静脈注射教育プログラム
    静脈注射基礎?(集合研修時間660分およびOJT)
    【目的】同院における看護師による静脈注射の実施範囲レベル1・2に対して安全に静脈注射を実施できる看護師を育成する
    【対象】主に新人看護師
    【認定基準】静脈注射基礎?の全研修を修了した者(研修限定の期間は2年以内)
    【そのほか】看護師による静脈注射の実施範囲レベル3に対しての実施は静脈注射基礎?レベルの者の指導の下に行う実技の指導はOJT・OFF−JTの併用で行う。

    静脈注射基礎?(集合研修時間360分)
    【目的】同院における看護師による静脈注射の実施範囲レベル3に対して安全に静脈注射を実施できる看護師を育成する
    【対象】静脈注射基礎?履修認定者、新規採用者(実務経験者
    【認定基準】静脈注射基礎?の全研修を修了した者(研修限定の期間は2年以内)

    3. 取り組みに対する院内の評価

    同院の医療安全管理者(看護師)は次のようにコメントしている。

    • 過去、カリウム製剤に関するヒヤリ・ハットなどは経験しておらず、これまでに築いてきた体制の成果だと考えている。今後も組織的なカリウム製剤を含むハイリスク薬の投与間違いを防止するための取り組みを続けたい。
    「カリウム製剤投与間違い撲滅キャンペーン」(2017年度事業)

    ヒヤリ・ハット事例の中で最も報告が多いのは、薬剤が関連する事例です。中でもカリウム製剤は、投与量や投与方法を間違うと不整脈や心停止など重大な事象につながります。そのため、医療機関における事故防止対策をはじめ、製薬会社による製剤の包装や販売名称の変更、国や医療関係団体が注意喚起を行ってきました。しかし、事故は依然としてなくなっていません。

    カリウム製剤の投与間違いの撲滅には医療関係者全体の取り組みが不可欠です。2017年度日本看護協会(以下:本会)では、カリウム製剤の投与間違いの撲滅と死亡事故「ゼロ」を目指して、厚生労働省をはじめ医療関係団体の後援を得て、日本病院薬剤師会と協働で、「カリウム製剤投与間違い撲滅キャンペーン」(以下:撲滅キャンペーン)に取り組みました。

    日本看護協会が撲滅キャンペーンで実施した主な取り組み
    • チラシ・ポスターの制作、配布
    • 撲滅キャンペーン特設サイトの開設
    • 機関誌「看護」/11月号特集・連載「医療安全TOPICS」
    • 機関紙 協会ニュース(鼎談の予定)
    • パネルディスカッション 〜第21回医療の質・安全学会学術集会〜
    • 取り組み事例の募集
    組織の安全向上に向けた情報 関連ページ

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