事例3:小児における重大なベッド転落減少への取り組み
地方独立行政法人埼玉県立病院機構 埼玉県立小児医療センター
施設概要
- 【設置主体】地方独立行政法人埼玉県立病院機構
- 【所在地】埼玉県さいたま市
- 【許可病床数】一般病床:316床(NICU:30床、GCU:48床、PICU:14床、HCU:20床、無菌室:4床、準無菌室:4床)
- 【常勤職員数】953人(2025年4月1日現在)
- 【看護職員数(実働換算)】516人(2025年4月1日現在)
小児専門病院である同センターは、三次救急医療機関として、新生児に対する高度な専門的医療をはじめ、その他の医療機関では対応困難な小児への医療を担っており、0歳から20歳過ぎまでの患者が入院・通院している。
小児における身体拘束を最小限にした重大なベッド転落減少への取り組み
取り組みを始めた背景
2021年、同センターでこどもが小児用ベッドの柵を乗り越えて転落に至る事故(インシデントレベル3bに相当)が発生した。そこで看護部長は、再発防止に向けて組織的に対策を検討する必要があると考え、看護管理者を中心に小児用ベッドからの転落防止に関する取り組みをはじめた。
小児病院では、ベッドからの転落リスクがある場合、抑制帯の使用など、行動を制限することによる転落防止策をとることがある。しかし同センターの看護部では、こどもの権利を尊重し成長・発達を妨げないためにも、身体拘束を最小限にした防止策を検討する必要があると考えた。
看護管理者を中心としたワーキンググループによる定期ラウンド
前述の転落事故を受け、看護部長は「こどもの転落防止に全スタッフが共通の意識で取り組むためには、まずは看護管理者が変わらないといけない」という問題意識を持った。そこで、これまでの主任を中心としたワーキンググループ(以下、WG)を、師長・副師長を中心としたWGへと再編した。
毎月、WGのメンバーである師長・副師長が実際の病室を確認してまわり、こどもの入院環境に潜む転倒・転落の危険リスクやその対策について、意見を出し合った。この定期ラウンドは、師長・副師長の転落防止へのリスク感性を高めただけでなく、ベッドサイドでこどもの観察やケアに当たるスタッフの転落防止への意識も高めた。現在、この定期ラウンドは、医師や理学療法士、保育士などの多職種を交えて実施しており、多角的な視点でこどもの安全を考慮した入院環境の整備に資する取り組みとして継続している。
また現在、WGの構成メンバーは、師長・副師長から主任へと移行し、スタッフの転落防止に対するアセスメント能力や危機意識のさらなる向上に取り組んでいる。主任たちによる取り組みの一つとして、転落防止に向けたスタッフへの注意喚起ポスターを2~3か月毎に作成し、病棟内に掲示している。定期的に更新されるポスターをスタッフが目にすることで、転落防止に対する危機意識を高く維持できている。
こどもの成長・発達にあわせた適切なアセスメント
看護管理者を中心としたWGでは、転倒・転落アセスメントシートの改訂も行った。当初、小児用ベッドの使用基準は、「学童前(平均身長109cm)までのこどもが使用可」とされていた。しかし、小児の発達段階ごとの特徴を踏まえて転落事例を分析したところ、こどもはベッド柵の上段に手が届くと、柵をよじ登って乗り越えてしまうリスクが高いということが分かった。そこで、転倒・転落アセスメントシートに新たに、「小児用ベッドによじ登ることができる」「手を伸ばして柵の上を掴むことができる」「何でも自分でやりたがる」などの項目を追加し、小児用ベッドの使用基準を見直した。
また、小児用ベッドの使用基準に満たないこどもに関しては、抑制帯の使用など、行動を制限することによる転落防止策をとるのではなく、成人用低床ベッドの使用を推奨した。閉鎖的な空間や身体拘束は、こどもの恐怖心を煽り、その場から逃げ出そうとするなどといった、危険行動に繋がりやすい。そこで、こどもの権利を擁護することを第一に考え、このような対策をとることで、結果的にこどもたちが落ち着き安心して過ごすことができた。また、低床ベッドを使用したため、万が一ベッドから転落するようなことがあった場合にも、重大事故に繋がることはなくなった。
家族の転落防止の危機意識向上に向けた取り組み
こどもの転落事故は、家族の面会中にこどもから目を離した隙などにも起こっている。そこで、家族にも転倒や転落に対する危機意識を持ってもらう必要があると考え、既存の動画コンテンツを活用し、入院前の外来受診時あるいは入院当日に、家族へ転倒・転落防止ビデオを視聴する機会を設けた。この取り組みを開始する際には、ビデオを視聴するためのツールや場所、時間の確保に関して、入退院支援センターの事務職員などとの調整が必要であった。そこで看護部は、医師を交え、医療職以外のスタッフにも転倒・転落防止のための取り組みの必要性を説明して理解してもらい、組織全体でこどもの安全を推進していく体制を構築した。
取り組みによる成果
さまざまな取り組みにより、ベッドからの転落事故発生件数は年々減少しており、その中でもインシデントレベル3b相当の転落事故は発生していない。こどもの家族からは、アンケートなどを通して、同センターが転落防止に力を入れて取り組んでいることを評価する声が届いている。
また、こどもの安全推進に対するスタッフの意識も高まった。同センターは316床の病床数ながら、インシデント報告数は5,854件、そのうちインシデントレベル0相当の報告件数は2,722件(46.5%)である。これは、インシデントレベル0の報告意義をスタッフが理解している結果といえる。
今後の展望
医療者起因によるベッドからの転落事故はなくなり、全体での転落事故発生件数は減少したものの、家族の面会中の転落事故ゼロは達成していない。これまでには、転倒・転落防止ビデオを視聴していない祖父母などの面会中に転落事故が発生したという報告もある。今後は、両親に限らず、すべての面会者に転倒・転落防止の危機意識をもってもらうような取り組みが必要と考えている。
同センターでは、こどもの小児用ベッドからの転落防止への取り組みをきっかけに、看護師だけでなく、全てのスタッフが患者安全の必要性・重要性を認識し、組織全体でこどもの安全を促進する体制が整えられてきた。こどもの安全を推進していく上では、こどもの成長・発達に合わせた支援が必要であり、引き続き全てのスタッフが「こどもの権利を尊重する」という共通認識のもと身体拘束を最小限にすることで、患者安全の推進に取り組んでいきたいと考えている。
(2025年9月17日掲載)
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