日本看護協会とは

会長の手帳(日本看護協会 会長 坂本すが)

月刊『看護』2017年7月号より

すがすがしい気持ちで、感謝

5月に入った。会長職もあと1カ月と思うと、ほっとする半面さみしいような……。日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏は、「『リーダーであること』を決めるのは自分でなく、周囲の人達」と言った*1。周囲からリーダーと認められる条件は、「この人は興味深い」と感じさせる魅力と「良い結果を出し続けること」という。さて私はこの2つの条件をクリアできただろうか。GW中の4日、和歌山の実家に帰省。新緑に癒やされながら目を閉じ、内省した。

7日、第7回「忘れられない看護エピソード」*2 表彰式に出席。第2回から今回まで計6回、この心温まるイベントにかかわれたことに感謝する。今回、特別審査員の内館牧子さんは車椅子で出席。思いがけずケガをして看護されたときのエピソードを語り、会場の人々の心を和ませたのはさすがである。「看護の日」PR大使の川島海荷さんは、お母さまが看護師だという。前日に、看護はどんな仕事なのか初めてじっくりと話を聞いたと語ってくれた。

私自身、6年間さまざまなエピソードを読み、ずっと問い続けてきた「看護とは何か」に対するヒントをいただいた。それは「生きる力を引き出す」という力である。映像化された作品『闇の中の私』の中でも、看護師長の言葉とかかわりが、患者の「もう一度白衣を着たい」という気持ちを引き出していく。この患者(作者)は看護師でもある。私たち看護職は常に「支える」「○○してあげたい」という視点で相手に接しているが、「支えられる」ことには慣れていない。きっと多くの患者も同じではないのか。看護職の1人として、何より尊厳に配慮し、支えるだけでなく、患者自身が自立へと向かえるような支援を行っていきたいとあらためて思った。

8日、福島県看護協会の研修会で講演。この6年間、日本看護協会の会長として何を考え、何を成し遂げたのか。組織の強化へひた走りながら、「1人ひとり」が生き生きと看護をすることを願った、という真情を語った。「元気が出た、また看護を続けたい」と言われ、救われる思いがした。東日本大震災から困難な道を歩んできたと思うが、福島県を含め、被災県の看護職たちが、未来に希望を抱いて働き続けていけるよう、これからも力になりたい。

私が書く「会長の手帳」もこの7月号が最後になる。全国各地の会員や、時には他団体の人からも「読んでいるよ」と言われ、励みになり、気を引き締めつつも、私らしく書くように努めた。会長がどんな考えで行動を起こしてきたか、興味を持って感じ取っていただけたなら幸いである。まだ道半ばの課題もあり、完璧なリーダーではなかったかもしれないが、ベストを尽くした。すがすがしい気持ちで、次の会長にバトンを渡したいと思う。

これまでご支援くださったすべての皆さまに心より感謝します。