人生の最終段階における医療と倫理

    倫理的課題の概要

    社会的背景

    看護職はこれまでも人生の最終段階にある様々な年代の人々を多くケアしてきたが、高齢化の進展により、今後はさらに人生の最終段階にある高齢者へケアを提供する場面が増加する。日本が既に突入している「少子超高齢社会」は、同時に「多死社会」でもある。2019年の年間死亡者数は約138万人であり、2040年には約168万人となると予測されている。

    日本の高齢者が最期を迎える場所は、1975年代以降、医療機関が自宅を上回るようになり、今では医療機関での死亡が全体の8割近くとなっている。しかし、今後、死亡者数は増加する一方、病床数の増加が見込めないことから、病院以外の介護施設や自宅で最期のときを迎える人が増加することになる。このことにより、看護職が看取りを行う場面も多様化するとともに、特に、介護施設や在宅において最期までその人らしい人生を全うできるよう支える看護職に期待される役割はとても大きい。

    「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂

    厚生労働省においては、1987年以降、意識調査などを重ねながら、終末期医療について有識者会議での検討を続けてきた。これまでに実施された意識調査の結果などからは、終末期医療に関する国民の意識が変化していることや、「終末期」と一口に言っても、患者又は利用者等の状態や取り巻く環境などは多様であることが示されており、国は終末期医療に関して何らかの取り決めを示すことについては慎重な姿勢をとっていた。

    しかし、「終末期医療のあり方」について、広く患者・家族・医療職が合意できる基本的な内容を整理することが、より良い医療につながるとの理由から、2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」及び解説編が作成された。

    さらに、最期まで尊厳を尊重した人間の生き方に着目した医療を目指すことが重要であるとの考え方に基づき、2015年3月には従来使われていた「終末期医療」という表記を「人生の最終段階における医療」に変更することとなり、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」及び解説編として発行された。本ガイドラインでは、「人生の最終段階における医療及びケアの在り方」として、適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて患者又は利用者等と医療職が話し合いを行い、患者又は利用者等の意思決定を基本とすること、多職種から構成されるチームにおける判断の重要性、症状を緩和し全人的なケアをすることの必要性が整理されている。また、「人生の最終段階における医療及びケアの方針の決定手続き」として、患者の意志が確認できる場合と、できない場合に分けてプロセスを整理するとともに、施設内に複数の専門家から構成される委員会を設置し、困難事例において検討・助言をすることの必要性が言及されている。

    その後、本ガイドラインは、近年の高齢多死社会の進行に伴う在宅や施設における療養や看取りの需要の増大を背景に、地域包括ケアシステムの構築が進められていること、また、ACP(Advance Care Planning: アドバンス・ケア・プランニング)の概念を盛り込み、医療・介護の現場における普及を図ることを目的に、2018年3月に再度改訂された。この改訂では、「本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針についての話し合いは繰り返すことが重要であることを強調すること」、「本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、その場合に本人の意思を推定しうる者となる家族等の信頼できる者も含めて、事前に繰り返し話し合っておくことが重要であること」、「病院だけでなく介護施設・在宅の現場も想定したガイドラインとなるよう、配慮すること」の3つの観点から文言変更や解釈の追加がなされている。

    患者の意思を尊重した人生の最終段階における医療体制の整備

    このガイドラインを踏まえ、2014年度からは、患者の意思を尊重した人生の最終段階における医療についての適切な体制のあり方を検討するため、厚生労働省において2年間のモデル事業が実施された。モデル事業では、患者の人生の最終段階における医療などに関する相談に乗り、必要に応じて関係者との調整を行う相談員の配置や、困難事例での相談などを行うための複数の専門家からなる委員会を設置するなどの取り組みが行われ、その成果が検証された。今後、これらを踏まえ、人生の最終段階における医療に関する適切な体制構築が進められることになっている。

    医療提供体制の変化を踏まえた人生の最終段階における医療

    人生の最終段階には、ある程度予後の見通しが可能ながんのような疾患の場合、急性増悪と改善を繰り返しながら徐々に状態が悪化する慢性疾患の場合、数か月から数年の期間を経て徐々に状態が悪くなる老衰など、いくつかの場合がある。今後、さらに病床機能分化が進むことにより、状態が悪くなった高齢者はいつも同じ病院に入院するのではなく、その時々の状態に合わせ、集中的な医療が必要な期間に限り、必要な医療機能の病院に入院することになる。そのため、療養の場が自宅から病院、病院から介護施設、介護施設から別の病院と刻々と変化する中においても、今後患者又は利用者等がどのように暮らしていきたいのかという意志を尊重し、継続的なケアが提供されることが重要である。

    考える際の視点

    看護職は療養生活支援の専門家であり、対象者の長期的な身体状況の変化を予測するとともに、患者や家族の希望を把握し、それが叶うような生活を実現・継続するために必要なケアを判断し、提供していく医療職である。対象者の最も身近な医療職として関わることにより、看護職は苦痛、不安、苦悩等の患者の抱える問題にいち早く気付き、尊厳を守りながら、患者又は利用者等がその人らしく最期まで人生を全うできるよう支援するための看護を提供することが求められる。そこで、人生の最終段階における看護職の役割について、以下のように整理ができる。

    • 患者又は利用者等や家族の話を傾聴し、現在の受け止め・理解状況を確認した上で患者又は利用者等や家族が現在の状況や今後の見通しについて理解し、受け止めることができるよう必要な情報を提供する
    • 情報提供・説明の際には、相手の理解状況に合わせ、方法や媒体、言葉遣いを工夫する
    • 患者又は利用者等や家族が望む情報でない場合、受け止めには時間がかかることも考慮し、患者又は利用者等や家族の様子を確認しながら段階的に情報提供を行うことを検討する
    • 必要な場合には、情報提供・説明後に時間を置いて、改めて理解状況や受け止めを確認する
    • 患者又は利用者等や家族の思いや希望、受け止め状況については、適宜、多職種で共有する
    • 状態が変化した場合や最期のときが迫っている状況では、家族がその状態変化を受け止めることができるよう説明するとともに、受け止められるよう支援する

    よりよいウェブサイトにするために
    みなさまのご意見をお聞かせください