介護施設等における活動

更新日:2020年11月9日

徹底した感染対策と人生に寄り添うケアの両立を目指して

社会福祉法人ユーカリ優都会
 介護老人保健施設 ユーカリ優都苑
看護介護師長 前田富士子さん

「これまでやってきた感染対策の徹底に尽きる」

ユーカリ優都苑の看護職員の画像
ユーカリ優都苑の看護職(前列中央が前田さん)

介護老人保健施設ユーカリ優都苑(千葉県佐倉市)は、介護を必要とする高齢者の自立を支援し、医学的管理の下、日常的なケアやリハビリテーションを提供している。入所以外にも通所リハ(デイケア)やショートステイを行い地域の高齢者や家族を支えてきた。新型コロナウイルス感染症の感染拡大後は、ショートステイを中止し、入所者96人、通所リハ25人への対応を、医師1人、看護職12人(非常勤4人含む)、介護士50人、リハビリスタッフ5人等で行っているが、徹底した感染対策で、これまで入所者・職員ともに感染者は1人も出ていない。

看護介護師長を務める前田富士子さんは、新型コロナウイルス感染症の国内発生を聞いたとき、対応に関しては「これまでやってきた感染予防対策を徹底することに尽きる」と考えたという。

実は、前田さんは入職した2年半前から「高齢者が集団で生活する施設は日常的な感染対策が必要」と感染対策に力を入れて取り組んできた。標準予防策(スタンダードプリコーション)と感染経路別予防策を基本に、看護職だけでなく介護士にも手指消毒薬を携帯してもらい「1ケア1手洗い(手指消毒)」を徹底、排泄物や汚染物の適切な処置、利用者の異常の早期発見・早期対応に努めてきた。看護職が感染対策委員長となり、定期的な手洗いやPPE(個人防護具)装着のチェックも励行している。11〜3月のインフルエンザ流行期は「感染対策強化期間」として、職員の出勤時の体温チェック、マスク着用の義務化、加湿を実施。年2回は大学病院などから感染症の専門家を招いた講演会を実施して、事務職員を含めた施設全体の意識向上にも取り組んでいる。

「もともと、私が着任する前から看護職を中心に感染予防対策はしっかりやってくれていたので、それを徹底した。しっかりできているという自負はあったが、物品だけは不足すると思ったので、事務局にお願いしてマスクや消毒液を確保した」(前田さん)。

千葉県内で感染者が増え始めた3月下旬にはさらに対策を強化。「新型コロナウイルスを持ち込まない」という点を最も重視し、入所者の不要不急の外出禁止、面会も全面禁止とし、業者の立ち入りも最小限、入居者の医療機関の受診も緊急時のみとした。新規入所者は受け入れたが、個室で1週間体調管理をした上で共有スペースを利用してもらうように徹底した。

高齢者の発熱の対応をどうするか

感染予防対策とともに同苑の看護職たちが力を入れたのは、発熱した入所者への対応だ。慢性疾患を抱える高齢者は原因不明の発熱が少なくない。新型コロナウイルス感染症との判別が難しく近隣の病院から受け入れを断られたり、PCR検査を受けることも難しい状況が予想されたからだ。

「高齢者の発熱はまず誤嚥性肺炎を疑うが、よく分からない発熱もけっこうある。そこで新型コロナウイルス感染症を判別するためのフローチャートを作った」(前田さん)。発熱、咳嗽(がいそう)があれば感染の有無の判別がつかなくても個室管理をして観察、感染対策を強化。熱が高ければインフルエンザのチェック。さらに医師と相談して作成した「肺炎治療マニュアル」に沿って対応を開始するとともに、血液検査でCRP値や白血球像を確認するとした。「こうした情報に加え、症状の遷延化や、複数入所者の発熱、周囲の感染拡大の情報などがあった場合は保健所に連絡する、とした」(前田さん)。

突っ張り棒とブルーシートで試作した「前室」

突っ張り棒とブルーシートで試作した「前室」の画像

突っ張り棒とブルーシートで試作した「前室」の設置備品画像

突っ張り棒とブルーシートで試作した「前室」

入所者が感染した場合の対応についても検討した。「PCR検査が陽性でも、すぐには病院が受けてくれないという現実がある。一時的に私たちで看なければいけない。その体制を作る必要があった」。同苑は全室個室だが、個室のドアの外はすぐリビングになるため、感染者を個室に隔離してもPPEを着脱する場所がない。そこで個室の前にPPEを着脱する「前室」をブルーシートで作成。N95マスクやキャップも取り寄せ、看護職が実際にシミュレーションした。「皆、感染者が出たらどうするのか不安だったが、実際にやってみると手順が整理できたし、イメージと違う部分も分かった。完璧ではないが覚悟はできた」(前田さん)。

こうした準備と並行して、前田さんは近隣のグループ病院に何度も掛け合い、必要時、入所者や職員のPCR検査が実施できるよう奔走した。それまで入所者や職員、職員の家族が発熱しても新型コロナウイルス感染症との判別がつかず、医療機関が受診できないなどの問題が起こっていたからだ。粘り強い交渉の結果、グループ病院で発熱した入所者や職員のPCR検査を行ってもらえることになり、入所者については陰性の場合、入院も可能になった。このことは入所者の健康管理や職員の労務管理の面で大きな前進となり、職員たちが安心して働くための環境を1つ整えることができたと前田さんは考えている。

高齢者ケアに「ソーシャルディスタンスはありえない」

「自分たちのところから感染者を出してはいけない」という使命感で走ってきた同苑だが、新型コロナウイルス感染症で直面した最も難しい課題が、入所者のメンタルヘルスだった。面会やボランティアの出入りが中止になり、歌やアロマテラピーなどのイベントが一切なくなった。利用者と家族の面会は、ガラス越しやリモート面会など工夫したが「触れあえないことに怒って、窓を叩いてしまう入所者もいた」(前田さん)という。

好みのマスクを着用した入居者の画像
入所者は好みのマスクを着用

前田さんたちは入所者がどうしたら不安や不満を解消できるか、皆で知恵を絞った。施設内の庭園に積極的に連れ出したり、本人たちが喜んで着けたくなるようなマスクを一緒に作り、職員のマスクも状況に応じて色や柄があるものも取り入れるようにした。また入居者ができるだけ楽しんで手洗いをしてもらえるよう、花の形の泡が出る石鹸を導入。10月には苑をあげての運動会を、規模を縮小して実施。「スリッパ飛ばし」など入所者も職員も密にならずに楽しめるような企画を考え実現した。

「今回、本当に思ったのは、高齢者ケアではソーシャルディスタンスは難しいということ。触れ合ったり、そばに寄り添ってお話をうかがったりするのは避けられないし、それが最大のメンタルケアになる。今後は職員や入居者のPCR検査を定期的に行うことや、少しでも体調が悪ければ外れるなど、臨機応変に切り替えながら、できるだけ触れ合いを大事にしていきたい」と前田さんは考えている。

コロナ禍でも豊かな人生の時間を

かつて大学病院で勤務していた前田さんだが、高齢者介護施設にこそ看護の醍醐味があると感じている。「大学病院にいた頃もそうだったが、介護の現場では“その人全体”を見ることが一層求められる。看護として考えて工夫して、というのが面白いほどできて、その結果がうまくいったときに看護の力を感じる」という。同苑に入職後、業務で分断しがちな看護職と介護職の協力体制を構築することにも力を注いできた。2年前からは看取りも始め、今までに8人を看取った。こうした経験が看護職・介護職の自信につながり、より入所者の人生に寄り添ったケアが行えるようになったと感じている。それだけに感染対策と人生に寄り添うケアの両立をどう図るかが、今後の大きな課題だ。

半年以上続く新型コロナウイルス感染症への対応で、職員たちの疲労も色濃くなっている。職員には丁寧な面接を行いできるだけ思いや不安を吐き出せるよう配慮したり、管理者、及び一般スタッフ向けのメンタルヘルス講習を実施するなど対応にも気を配る。

これからインフルエンザの流行期を迎えるが「密着を恐れず、考えられるリスクを最小限にして変わらない対応をしていきたい。新型コロナウイルス感染症の中でも入所者には人生の最期のステージが良い人生だったと思ってもらえるような手助けを、職員とともに行っていきたい」と前田さんは決意している。

(2020年10月1日取材)

 

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