看護実践情報

高齢者の意思決定の支援

倫理的問題の概要

●現状

急性期医療を提供する場では、果たして高齢者の望む医療が提供されているだろうか。多くの場合、病状の説明や治療に関する情報提供は家族を中心になされ、高齢者本人よりも家族の意向が尊重される。高齢者にとって、意思を表出できる機会が乏しかったり、医療行為に関する情報が与えられなかったりすることもある。認知症となれば、当事者の意思がないがしろにされるケースも少なくない。また、看護職の関心は転倒予防やライントラブルの予防に集中し、高齢者の行動を抑制することに奔走し、高齢者の苦痛や不安への適切な評価や対応は遅れ、事態をますます悪化させていく。高齢者本人にとって望まない医療提供であった場合、払われる代償はあまりにも大きい。
終末期医療においてさえ、高齢者の意思が尊重されているとは言えない。すでに意思確認が困難な高齢者も多く、このことも終末期の方針決定を困難にしている。その結果、終末期医療に大きな偏りを生じさせている。高齢者の場合、合併する疾患の多様さや生活歴の長さで個性が際立ち、終末期の予後予測は非常に難しい。どの時点から終末期として対応するのか判然としないまま、急性期医療が延長され、予備力の低下した高齢者に痛ましい最期を強いる場合もある。その反面、もう高齢なのだからと当然あるはずの苦痛への対処すら行われない場合もある。

●背景

これらの背景には、「年を取れば難しい話は分からない」「認知症になると何も分からない」「高齢者は痛みに鈍い」といった加齢変化や認知症に対する無理解、高齢者への偏見やパターナリズムが垣間見える。安全確保や迅速さなど急性期医療を提供する場の特性が、これらの状況にさらに拍車をかけている。

●高齢者の真意

高齢者の中には、自ら「家族の言うとおりでかまわない」、「医師に任せる」と意思表明する場合もある。十分な説明を受けた上での決定であれば、これも一つの選択と言える。しかし、このような言葉を発する時、高齢者自身が日頃から世話を受けている家族への遠慮や自身の希望を伝えることがわがままだと感じている場合もある。医療者の分かりにくい説明に対して諦めに似た気持ちを抱いているかもしれない。高齢者の真意を捉えかねると、結果として高齢者の意思とはかけ離れた医療提供につながってしまうことも希ではない。

●看護者の役割

人生の終焉に近づきつつある高齢者の最期が、QOLの低下を招くばかりか、時には人としての尊厳さえ失いかねない状況に「果たしてこれで良いのか」と多くの看護職は疑問や葛藤を抱き苦しんでいる。しかし一方では、これらの倫理的問題に気付かず、見過ごされていることもある。
超高齢社会では、高齢者の心身の特徴に配慮した擁護者としての看護職の役割発揮がますます求められる。

考えられる方策

高齢であることで、本来だれもが持つ患者の権利をわずかでも脅かされる事があってはならない。その最たるものが、意思の尊重である。高齢を理由に判断能力が問われる事は当然なく、抱える疾患名や日常生活の介助の有無で短絡的に判断能力を判断できるものでもない。高齢者が何を望むのかが要となり、そのための方策は以下のようにまとめられる。

  1. 一般的なインフォームドコンセントへの留意点に加え、高齢者の視聴覚機能や話す速度等の加齢の変化に対する環境整備への配慮など、高齢者の状態を十分にアセスメントすることが不可欠となる。低めの声にゆっくりとしたテンポで話すと伝わりやすく、雑音にも配慮し注意を集中できる環境を用意する。患者が理解できる説明を行うことは医療者の義務であるが、特に高齢者に対しては、理解能力を問う以前に、説明する側の説明能力を高め、分かりやすい説明を心掛けることが重要となる。
  2. 高齢者の意思は、信頼関係を築き、意思を表出しやすい環境を作っていくことで引き出される。高齢者の価値観や生きてきた時代背景にも配慮し、安心して希望を伝えられるよう支えることが必要である。また、意思は変化することを念頭に置き、一度聴いて満足せず、状況の変化に応じて確認していくことも欠かすことはできない。
  3. 高齢者の意思がいつでも確認できるとは限らない。どのような医療(あるいは終末期)を望むのか、早い段階から本人の意思を確認しておくことが必要である。また、家族が代弁する場面が多くなることに備え、早い段階から、家族と本人から意思を確認するシステムや家族への説明が必要である。すでに確認が困難な場合、もしくは家族がいない独居の高齢者の場合は、関係する人たちと高齢者の人生観や価値観を十分に情報共有し合い、高齢者の“最善の利益”を考え、合意を形成することが必要となる1)
  4. 家族を自分のこと以上に思いやる高齢者にとって、家族の苦労はできるだけ回避したいものである。医療を受けることがどのように家族に影響するのか、家族を支援する様々なサービスについても説明できること、あるいは、多職種と連携することでその役割を果たすことも、ひいては高齢者の意思を尊重することにつながる。

ここでは高齢者の意思決定の支援について主に記した。高齢者にとって何がより良い医療かは、高齢者本人の意向を尊重していくことが基本になる。しかし、高齢者の場合の意思決定は、単なる意思決定でなく、高齢者に対する過剰な医療の提供と、反対に「もう年だから」という過小な医療の提供のどちらかに陥る危険があることも忘れてはならない。
いずれにしても、高齢者はそう遠くない時期に死に至るであろうことに配慮する2)ことが重要となる。がん疾患、非がん疾患に関わらず、行われようとしている医療が人生の残された時間がわずかな高齢者の生活にどのような影響を与えるのかを十分に考慮することで、高齢者のより良いQOLを保つことにつながる。
いのちの尊さはいずれの世代においても変わることはないが、特に高齢者の終末期にあっては、高度で特殊な医療よりも、日々繰り返される丁寧なケアこそが重要であり、高齢者にとって快適で、“大切にされている”と実感できるケアこそ、目指すべきものと考えた

【参考文献・HP】

  • 1)箕岡真子:終末期の意思決定とケアプラン、認知症介護9(4)、pp.76−83、2008
  • 2)清水哲郎:高齢者終末期の意思決定プロセス、Geriatric Medicine、47(4)、pp.439−442、2009
  • 3)堀内ふき:高齢者の意思決定をすすめるために、老年看護学、13(1)、p.4、2008
  • 4)社団法人日本老年医学会
  • 5)三宅貴夫:認知症高齢者の終末期ケアの特徴、JIM、18(8)、pp.661−663、2008
  • 6)石飛幸三:「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか、講談社、2010

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