看護実践情報

告知・インフォームドコンセント

倫理的問題の概要

医療が患者のためにあるように、治療や処置行為を納得し、同意を得るためのインフォームドコンセント・告知といった患者への情報提供のありようを問われる場面では、倫理的な問題が生じやすい。告知については、今なお真っ先に家族に病名や予後が告げられ、家族の意向によっては患者に真実が告知されず(未告知や部分告知)、患者が納得してとは言い難い状況のままに医療を受けるなどの問題が生じている。「患者のため」という医療者のパターナリズムによる真実の伝え方に問題があり、患者・家族と医療者が互いに理解しあえていない、合意不足により患者・家族の権利を積極的に護りきれていないという時もある。そのため、患者自身が不信感を抱く、病状説明の内容が偏っていて真実と異なっているため腑に落ちないということなど、真実の告知のありようが問われる。
日本でいう「告知」という表現は、欧米では「真実告知Truth Telling」といい、真実、本当のことを伝えるという意味を示している。ムンテラは、ただ単に病状を告げるといったことだけを示すのではなく、事実を告げるとともに真実を語りあうことを意味している。よって告知に対して、どのような配慮が必要かを考え、患者・家族が事実を正しく理解するために、この告知を理解するプロセスとしてのインフォームドコンセント【コラム1】を大切にする必要がある。そして、十分に理解したうえで医療を選択し決定できるように、十分な情報を丁寧に伝えることを医療者の役割とする。同時に、そのプロセスであるインフォームドコンセントにおいて必要とされる看護職の役割は、患者家族の権利を護るために積極的に働きかけるアドボカシー【コラム2】である。その行為には、患者の知る権利を護り、十分な意思決定ができるよう自己決定の権利を支える(護る)支援を展開する必要がある。

考えられる方策

告知とインフォームドコンセントは、患者の自己決定権、自律の原則を護るための行為であることを根底にし、患者を欺かないよう信頼に満ちたものになるよう努めなくてはならない。患者の尊厳を守るために真実の告げ方を考慮したうえで患者・家族の権利を配慮したインフォームドコンセントになるように働きかける。

【1】告知・インフォームドコンセント前の配慮・準備段階の倫理的配慮・対応

患者・家族にとっての告知の意味を理解し、告知・インフォームドコンセントの心理的準備を支援する。

  • 根拠
    告知が与える影響、将来や生活に影響するということを理解して患者・家族の望みに配慮しながら導入する姿勢が必要である。そのために、情報の正しさと完全さを意識し、良好なコミュニケーションを維持しながら告知する。告知は患者・家族にとって時に恐怖・脅威であり、それが経験済みで解決できることであれば対処できるが、概ね未経験で自分たちだけでは解決できそうにないものとして感じることが多い。よって、十分な情報提供となるように、事前に心理的な準備を支援する必要がある。
  • 配慮・対応
    • 患者自身が聞きたいと思っている情報を十分に聞くことができ、患者自身の権利を護れるように配慮する役割として、看護者が同席することを事前に伝える。
    • 患者が医師からの話を一緒に聞いてもらいたい者がいるかを事前に確認し、いる場合は、その者が同席できるように時間を調整する。
    • メモやレコーダの準備をしてもよいこと、分からないことがあった場合には、何度でも聞けることを説明する。
    • 同意書に一度サインしても、気持ちが変わり、迷いが出てきたら、申し出てよいことなどについて、心理的な準備のために説明する。
    • 質問がある場合は、質問事項を事前に準備し、話し合いの場で質問することが可能であることについて説明する。

【2】告知・インフォームドコンセント展開中の倫理的配慮・対応

患者・家族が医師からの説明を充分に理解でき、医療者が円滑なコミュニケーションを図りながら情報提供・説明がなされるよう支援する。それと同時に、患者・家族が主体的に、医療行為について意思決定を行うことができるよう一連のプロセスを支援する。

  • 根拠

    急変時の病状説明、がん告知と医療、手術選択の説明、治療の限界、治療の選択肢、療養の場の移行の説明、事故説明などについて、告知やインフォームドコンセントを行う場合には、事実を丁寧に伝える必要がある。なぜ説明する方がよいと考えるのかを意味付けし、患者・家族が理解できるように支援、説明する。個々の理解の方法や悩みに応じて、知る権利と選ぶ権利があることを説明して、患者自身が十分に理解した上で意思決定し、そのプロセスを選択できるよう支援する必要がある。

  • 配慮・対応

    看護職の役割は、意思決定を支援することである。

    (全体的な留意点)

    • 患者・家族の関心事(気がかり)を重視し、医療との関係を話す。
    • 選択する医療行為の利害と患者・家族の生活、人生への影響を考え、理解できるよう促す。
    • より良い医療環境を築くために、互いを表現し合うことを重視する。

    (対応の方向性)

    • 適切な情報提供を保証する。
    • 患者が希望する情報を選択できるようにする。
    • 状況により看護職としての見解を示す。
    • 患者が自己の価値を確認できるように援助し、患者の価値による決断を支援する。
    • 患者が自発的に健康、病気、死の持つ意味を考えることを助け、自分にあった治療やケアの選択ができるよう患者の決断を支援する。さらに、具体的な対応の一例などを参考に、熟考しながら対応する。

    (実施例)

    (1)現状が把握でき、選択肢の利点/欠点 が理解できるように支援する。

    • 医療者との信頼関係の有無が治療に影響していないかを把握する。
    • 情報は適切に提供されているか、理解されているかを確認する。
    • 決定の妨げになる事柄を明らかにし、意思決定した際の結果に対する反応の予測と自ら意思決定した患者・家族が陥る状況について想起していく。
    • 患者が、医師からの説明をどのように認識しているのか、意思決定の葛藤の原因や影響を及ぼしている事柄は何かを確認する。患者と家族が持っている価値観とその背景を把握する。どのように感じているのか、なぜそう感じるのかを尋ね、理由を探る。
    • 家族間での意思の相違がないかを確認する。

    (2)選択とそれに対する反応:悲嘆や恐怖/不安などの感情や心配を、家族と分かち合うことができる支援をおこなう。

    • 意思決定の葛藤内容を論理的に整理する。
    • 誰のための決定か、患者が最も大切にしている価値観はどのようなものなのか、生き方や考え方はどうか、どのような状況を期待しているのか、どんな選択肢があるのか、選択のための情報は十分にあると感じているか、家族と患者の価値観の相違はどこかなどを明らかにしていく。

    (3)葛藤の原因を除去あるいは軽減し、自己決定の支援をおこなう。

    • 患者/家族の価値観を認め、重要度に沿って、優先順位をつける。
    • 最も重要な価値を基盤に決定するよう進める。
    • 患者/家族―医療者間の信頼関係を築く、励ます。
    • 家族の苦悩している内容/選択肢に対する認識を、言葉にして表現するよう勧める。なぜ悩んでいるかを自覚し、批判的思考にむけて支援する。

    (4)選択肢とその結果に対する十分な知識の提供を受けた上での選択ができるように支援をおこなう。

    • 決定するために必要な情報を十分に提供し、理解を助ける。
    • 不足については医師と情報提供の調整をする。

【3】告知・IC終了後の倫理的配慮・対応

選択後は、看護職は患者・家族が納得のできる選択であったかどうかを確認し、選択したことを受け入れることができているか確認する。

  • 根拠

    インフォームドコンセントは同意書をとるためのものではない。インフォームドコンセントは、選択肢を十分に提示し、患者がどう受け止めたかを確認しつつ、十分に理解したうえで意思決定するように支援するプロセスであることから、その経過における心理的な負担が残っていないかを確認し、患者が下した決断が最善の選択であったことを支援する。

  • 配慮・対応

    意思決定には勇気が必要であり、患者が下した決断が最善の決断であることを認め、決定後の家族の精神面を支える。インフォームドコンセント後も医療者とのコミュニケーションが円滑にいくようにサポートし、必要に応じて調整していく。
    患者の選択が明らかに最善でないと感じ、疑問をもつ場合には、選択した理由を率直にたずねることも、時に重要である。患者・家族が、なぜそのような選択をしたのかという点について看護職が理解することで、その後の支援につなげることが可能となる。その際、不足する情報があれば、それらを補うために必要な情報が得られるようにしていく。

【コラム1】インフォームドコンセントとは
医療従事者から十分な説明を聞き、患者が納得・同意して自分の治療法を選択すること。1960年代に米国で起きた患者の人権運動に伴い、従来の患者に対する医師の権威主義的独善的態度(医師のパターナリズム)を批判し、患者中心の医療を求める声が高まった。この過程で、新しい医療倫理の考え方を反映した裁判基準として確立されたのが、この概念である。(保健医療行政ミニ語集より引用)

【コラム2】アドボカシーとは
本来、「擁護」や「支持」「唱道」などの意味を持つ言葉で、日本では、「権利擁護」の意味で用いられるようになってきた。医療現場では、自らの権利を十分に行使することのできない患者の権利を代弁することとされる。

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