倫理とはなにか

    倫理

    倫理と聞くと、哲学的でとても難しいもの、というイメージを持っている人も多いことでしょう。
    しかし、「倫理」の意味を正確に知れば、そのイメージは払拭されるのではないでしょうか。「倫理」とは、簡単に言うと、次のような意味を持っています。

    倫(人の輪、仲間)+理(模様、ことわり)=倫理(仲間の間での決まりごと、守るべき秩序)

    つまり、社会生活を送る上での一般的な決まりごと、と捉えることができます。
    これを踏まえ、以下の問いに答えてみましょう。

    Q  あなたが道を歩いていると、血を流した人が倒れていました。
    辺りを見渡しましたが、その人の近くにはあなたしかいません。
    あなたならどうしますか。

    A①すぐに駆けつけて救護する
    ②ひとまず119番に通報する
    ③一人ではどうしたら良いのか分からないので、誰かが通りがかるのを待つ
    ④怖いので、見なかったことにして通り過ぎる

    あなたが選んだ番号はどれでしょうか。
    ①や②を選んだ人も多いことと思いますが、実際にこのような場面に出会った場合には、つい④を選んでしまう人もいることと思います。
    しかしその場合であっても、その人のことが気になり、少なからず後ろめたさを感じてしまうのではないでしょうか。

    ではなぜ私たちは、見知らぬ人を助けようと思ったり、助けなかった場合に後ろめたさを感じたりするのでしょうか?
    それは、私たちが「人の命は尊いものである」という考えを日頃から持っており、それに基づき「人の命を助けること」は“善いこと”、“正しいこと”であると判断しているからなのです。

    このように、私たちが社会の中で何らかの行為をするときに、「これは善いことか、正しいことか」と判断する際の根拠を、「倫理」と言います。

    倫理と道徳

    倫理と道徳はどのように異なるのでしょうか。
    国語辞典で「倫理」を引くと、

    人として守り行うべき道。
    善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。
    道徳。モラル。

    などと示されており、「道徳」を引くと、

    人のふみ行うべき道。
    ある社会で、人々がそれによって善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範の総体。

    などと示されているように、辞典上ではほぼ同義とされており、一般的にもその解釈が用いられています。
    ただ、道徳が個人や家族などの小集団に用いられることが多いのに対し、倫理は個々人の関係から社会に至るまでより広範に用いられることが多いようです。
    そのため、道徳は日常生活における行動の基準にはなっても、医療現場における治療の方向性などの判断基準にはなり得ないことが多いと言われています。
    例えば、「真実を伝える」という行為について考えてみましょう。
    私という個人は、「真実を伝える」ことが正しい行為であると日常生活の中で考えています。これは、道徳的な判断に基づいていると言うことができます。
    では、看護職である私は、「真実を伝える」ことが常に正しい行為であると医療現場で考えるでしょうか。 次のような場合を考えてみましょう。

    家族以外の者には自分の病状を伝えないでほしい」と予め表明している患者がいました。
    ところが、患者とは会ったこともない遠い親戚が病院を訪ねてきて、患者の病状を尋ねたとします。
    このような場合、多くの看護職は、「真実を伝える」ことの正しさよりも、「患者の意思を尊重する」ことの正しさを優先するのではないでしょうか。

    つまり、道徳的な行為は医療現場においては、必ずしも常に一番正しいとは言えないのです。

    【参考文献】

    • バーナード・ロウ著,北野喜良・中澤英之・小宮良輔監訳:医療の倫理ジレンマ 解決への手引き-患者の心を理解するために,西村書店,2003.
    • 児玉聡:倫理学の基礎,赤林朗編,入門・医療倫理Ⅰ,勁草書房,2005.
    • 赤林朗:生命・医療倫理学とは,東京大学医学系研究科生命・医療倫理人材養成ユニット2007資料.

    倫理と法

    それでは、倫理と法はどう異なるのでしょうか。
    国語辞典で「法」を引くと、

    社会秩序維持のための規範で、一般に国家権力による強制を伴うもの。

    と示されており、

    人として守り行うべき道。

    とされる「倫理」とは異なるレベルの規範であることがわかります。

    どちらも物事の善悪の基準を示している点や、どちらもそれが欠如している状態において明らかになる点など、共通点もあります。
    しかし以下のような点において異なります。

    倫理
    「どのような行為が正しいか」を示す 「どのような行為が正しくないか」を示す
    内的な自律から生じる 外的強制力によって作られる

    看護職に限って考えると、「保健師助産師看護師法」は国によって規定される看護職の規定であり、正しくない行為をとった場合の罰則規定も明示されています。
    一方、「看護職の倫理綱領」は、看護職自身が自らの専門職としての責任の範囲を社会に対し明示するものであり、特に罰則などについては定めていません。

    参考

    次の図は、法と倫理の規定のレベルの違いを、看護実践に関連する主要法令と基準・規定、行動指針等を用いて具体化したものです。

    法的枠組み

    法律・政令等 規定内容
    日本国憲法(1946) 基本的人権の享有(第11条)
    自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止(第12条)
    国民の生存権、生存権の保障(第25条)
    医療法(1948) 医療提供の理念(第1条の2)
    医療関係者の責務(第1条の4)
    保健師助産師看護師法(1948) 保健師の定義(第2条)
    助産師の定義(第3条)
    看護師の定義(第5条)
    准看護師の定義(第6条)
    保健師・助産師・看護師の免許(第7条)
    欠格事由(第9条)
    免許の取消、業務停止及び再免許(第14条)、
    医療行為の禁止(第37条)、
    秘密保持義務(第42条の2)、
    罰則規定(第43条〜第45条の2)
    医師法(1948) 非医師の医業禁止(第17条)

    専門職である看護職としての社会的責任の明示

    看護職能団体による自主規制

    日本看護協会
    基準・規定、行動指針等
    内容
    看護職の倫理綱領(2021) 看護専門職の行動指針
    看護業務基準 2021年度改訂版(2021) すべての看護職に共通の看護実践の要求レベルと看護職の責務を示すもの
    • 【新版】助産師業務要覧 第3版「Ⅰ基礎編」2021年版(2021)
    • 【新版】助産師業務要覧 第3版「Ⅱ実践編」2021年版(2021)
    • 【新版】助産師業務要覧 第3版「Ⅲアドバンス編」2021年版(2021)
    • 【新版】保健師業務要覧 第4版2021年版(2021)
    領域ごとの看護の特徴を踏まえて、看護業務基準の大項目を中項目、小項目まで記述したもの
    • 静脈注射の実施に関する指針(2003)
    • 看護研究における倫理指針(2004)
    • 臨床倫理員会の設置とその活用に関する指針(2006)
    • 医療安全推進のための標準テキスト(2013)
    • 看護記録に関する指針(2018)
    • 看護チームにおける看護師・准看護師及び看護補助者の業務のあり方に関するガイドライン(2019) 他
    看護実践をガイドするもの

    看護実践の現場での活用・展開

    実践現場

    基準・規定や行動指針等 内容
    施設ごとの基準、ガイドライン等 施設の理念、対象の特性等を加味したより実践的なもの

    図:看護実践に関連する主要法令と基準・規定、行動指針等

    医療現場で看護職が直面する倫理的課題は、法律がそれを解決してくれるものではありません。
    「その場面においてどのような行為が最善であるか」という倫理を持ってでしか、倫理的課題は解決することができないのです。
    ただ、倫理的課題を検討するにあたり、「何をしてはいけないか」を知る必要もあることから、看護職には医療に関する法律について一通り心得ておくことが求められます。

    【参考文献】

    • バーナード・ロウ著、北野喜良・中澤英之・小宮良輔監訳:医療の倫理ジレンマ 解決への手引き-患者の心を理解するために、西村書店、2003.
    • 稲葉一人:法の基礎,赤林朗編,入門・医療倫理Ⅰ,勁草書房,2005.
    • 赤林朗:生命・医療倫理学とは、東京大学医学系研究科生命・医療倫理人材養成ユニット2007資料.

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