看護実践情報

やさしく読み解く「看護者の倫理綱領」第1〜6条

第1〜6条は、看護を提供する際に守られるべき価値・義務について述べています。

第1条:看護者は、人間の生命、人間としての尊厳及び権利を尊重する。

一見したところ難しいことは何もなく、誰しも当然のことだと思われることでしょう。しかしながら、「生命」「尊厳」「権利」という言葉の意味は、全ての人にとって同じであるとは限りません。

例えば脳死状態は、「生」「死」両方を指しえます。というのも、1997年に臓器の移植に関する法律(臓器移植法)(法令データ提供システム/総務省行政管理局のホームページから確認できます)が施行されるまでは心臓死だけが人の死を意味していたのですが、法律の施行後は、脳死となった際、臓器提供の意思を表明するドナーカードを持ち家族も同意した人の場合は「死」、臓器提供の意思を示さない人の場合は「生」となりました。

また、平穏に過ごしているときには当たり前のように思われても、自分や身近な人たちが死に直面するような時を迎えるなどその状況が一変すると、生や死の解釈は必ずしも容易ではなくなります。

以下に、家族に懇願されて入院患者の人工呼吸器を取り外した医師が、殺人容疑で書類送検されたというニュース(2007年8月)に関連して、ある学生が書いた文章を紹介します。

・・・私の祖母も最近まで人工呼吸器をつけていた。初めて人工呼吸器をつけた祖母を見たとき、ショックのあまり泣いてしまった。祖母はまさに生きているというより、生かされている感じがした。・・・ずっと眠っており、声も出ない。本当に見ているのがつらく、ニュースの遺族の方の気持ちはよくわかる。・・・。機械によって生かされている祖母を見て「生きることの意味」を考えさせられた。

生命は何より尊い、人工呼吸器につながれていようと、機械によって生かされていようと生命は生命。このような見方が成り立つ一方で、意識がない生物学的な生を長らえさせることは、むしろ人間としての尊厳を侵すものという考え方もできます。

2007年5月(2015年3月改訂)に公表された厚生労働省の「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省のホームページから確認できます)は、人生の最終段階における医療については患者(家族)の意思の確認とチームによる判断に基づくという考え方を前面に出したものとなっています。医療職の価値観を押し付けるのではなく、患者(家族)の意思をよく知り、それを大切にすることが尊厳と権利を守ることにつながります。

看護職は患者(家族)の身近でその考えや意向を知りうる立場にあります。この強みを生かす関わりが基本となるはずです。

第2条:看護者は、国籍、人種・民族、宗教、信条、年齢、性別及び性的指向、社会的地位、経済的状態、ライフスタイル、健康問題の性質にかかわらず、対象となる人々に平等に看護を提供する。

解説では、機械的な平等ではなく、個別的特性やニーズに応じた平等であること、条文中に示されているような個人の属性などによって差別しないことが述べられています。

最近の医療現場では、入院期間の短縮や機能分化の徹底、高度先進医療の発展などにより、資源の平等な配分のあり方がますます難しくなってきています。限られた資源(マンパワー)で看護を提供する際に不可欠となる優先順位を決定する時、見えやすい基準だけではなく、患者ひとり一人の様々なニーズがどのくらい的確に掴めているかが問われるのです。

第3条:看護者は、対象となる人々との間に信頼関係を築き、その信頼関係に基づいて看護を提供する。

医療法(法令データ提供システム/総務省行政管理局のホームページから確認できます)に示されているように、すべての医療は信頼関係のもとに成立します。看護は患者の身体を扱います。信頼があるからこそ、看護職の支える手に安心して自分の身を任せていただくことができるのです。

残念なことに医療事故の頻発等の影響を受け、白衣を着て患者の前に立つだけで信頼されるという時代はとうに過ぎ去りました。信頼は看護職が努力して獲得するものです。解説にもあるように、看護行為について十分に説明し、理解と同意を得ることと、行為についての専門的知識技術を持っていることの両方が必要になります。

さらに、信頼とは相互的なものであり、看護職が患者を信頼することができなければ、患者の信頼を得ることも望めません。信頼は、互いに相手を理解することが前提となります。看護職が患者を知ること、関心を寄せて関わること、そして自分のことを患者にわかってもらえるように表現することが大切です。その意味でこの条文はケアリングを前提としているとも考えられます。

第4条:看護者は、人々の知る権利及び自己決定の権利を尊重し、その権利を擁護する。

インフォームドコンセントの重要性は医療職や患者・家族の間に認識されつつあります。しかし、未告知や部分告知、情報操作などの問題が無くなっているわけではありません。特に高齢者や子どもの場合、知る権利や自己決定の権利は軽視されがちであることを認識する必要があります。

この条文に適うように行動しようとする看護職は、必然的にアドボケートの役割を担うことになります。看護職は、患者自身が自ら知る権利や自己決定の権利を行使することができるように支援します。それが難しい場合には代弁者の役割をとることもあります。この役割を果たすためには、コミュニケーションスキルとチームの力が重要になると思われます。

条文の解説の最後には、「知らないでいるという選択」や「決定を他者に委ねる」ということへの支援についても述べられています。個人がそのような決定をしたから、というだけでは、権利の尊重にはなりません。看護職としての関わりはここでも求められることが、解説文から読みとれるはずです。

第5条:看護者は、守秘義務を遵守し、個人情報の保護に努めるとともに、これを他者と共有する場合は適切な判断のもとに行う。

守秘義務は、1世紀前に作られたナイチンゲール誓詞にも謳われることであり、また保健師助産師看護師法(法令データ提供システム/総務省行政管理局のホームページから確認できます)第42条の2[秘密を守る義務]にもあるように、看護職にとっては目新しい内容ではありません。

しかし今日的には、解説で示されているように、得た情報は関係者間で共有されること及びその理由と範囲などについて説明し理解を得ることも重要となっています。看護職は、通常共有する範囲の情報とそれを超えると思われる情報及びその扱いについての判断も求められます。

第6条:看護者は、対象となる人々への看護が阻害されているときや危険にさらされているときは、人々を保護し安全を確保する。

医療行為はそれ自体危険を伴います。医療職も人間である以上、過ちや失敗を完全になくすことはできません。そのため、自分自身が行うこと、医師や他の看護職が行うことについて、倫理的観点からの点検が常に求められ、より安全を確保する方法を考え、実現に力を尽くすことが不可欠となります。

また、看護職としての判断で実施しようとする日常生活の援助が、正当な理由なく他の保健医療福祉関係者によって阻害されることも起こりえます。看護職はその援助の必要性や安全性、効果等についての判断理由を示して説明するなど、理解と協力のもとに援助を進めていきたいものです。