医薬品の臨床試験に関わる看護職の実態調査報告書
1997年8月
日本看護協会 GCPに関する検討プロジェクト
- 調査目的
- 医薬品の臨床試験(治験)に対する、看護職の関わりの現状を把握すること、および治験に対する現場の看護職の認識を知ることを目的として調査を行なった。
- 調査方法
- 調査対象
治験を日常的に行なっている本プロジェクト委員所属病院を中心とした首都圏の7医療施設*を選択した。各対象施設で治験を実施している部署(外来、病棟を含む)に勤務する看護職453名を対象とした。
* 一般総合病院(公・私)、大学附属病院(国・私)、専門病院(がん、小児) - 調査票の作成
まず、プロジェクト委員が所属する各病院で、治験に携わる看護職にインタビュー等を行ない、選択項目の素案を作成した。その後、プロジェクト委員による検討会にて、質問項目および質問内容について討議し調査票を作成した。 - 調査方法
対象とした各医療施設に郵送で調査票を配布した。プロジェクト委員の所属病院(4施設)については、各委員が配布部署を決定し、その他(3施設)については、看護部長に一任した。記入した調査票は、各施設毎にまとめて返送するよう依頼し、回収した。 - 調査期間
調査は、1997年3月21日〜4月7日に実施した。 - 分析方法
回収した調査票を記述統計でまとめ、さらに対象の属性の違いによる比較(t-test,分散分析、χ2検定)を行なった。記述回答形式の質問項目については内容分析を行なった。
- 調査対象
- 調査結果
- 対象の概要
回収した調査票数は369通(回収率81.5%)で、対象7施設ごとに回収率をみると、42.9%〜97.1%と幅があった。回答者の資格は准看護婦1名を除き、すべて看護婦で、平均年齢は32.22±9.06歳であった。臨床経験年数は、平均9.96±7.93年となっていた。経験年数別にみると、5年未満が最も多く(117人、32.1%)、次に多いのは5年以上10年未満(101人、27.7%)であった。職位はスタッフナースが最も多く76.39%を占めており、婦長5.28%、主任・副婦長18.1%となっていた。 - 治験に対する看護職の関わりの現状
これまで治験に参加する患者を受持ったり、関わったりしたことがあるか否かをたずねた。その結果、「ある」と回答したのは85.9%、「ない」と回答したのは10.3%、「わからない」が3.0%であった。対象施設による回答差は若干みられたが(「はい」の回答率:60.4%〜96.9%χ2(12)=72.915,P<0.001)、臨床経験、年齢、職位による差はみられなかった。関わったことがないもの(38人)について、その理由をきいたところ、37人が「機会が偶然なかったため」としていた。
次に、治験患者を受持ったり関わったりしたことがあるものに対して、その関わりの内容をきいた。回答は図1のとおりであった。最も多かったのは「バイタルサインの記録」で76%、次いで「副作用症状の観察・記録」68.5%、「治験薬の投与」59.9%、「患者の訴えや不安を聴く」59.3%となっていた。臨床経験、年齢層、職位、対象施設による回答の違いは見られなかった。また、項目の選択数を見ると、18項目のうち、一人あたり平均6.4項目を選択していた。
患者から治験について相談、質問を受けたことがあるかときいたところ、「はい」と答えたものは52.4%、「いいえ」が47.0%であった。年齢、臨床経験、職位の違いによる回答差はみられなかったが、対象施設による回答差がみられた(χ2(12)=65.008,P<0.001)。

さらに、受けた相談、質問の内容を問うたところ、図2のような結果であった。選択率の高かった項目は、「治験の副作用」69.5%、「治験に対する不安」59.9%であった。選択した項目数は一人あたり平均4.3±2.76項目であった。対象施設ごとにみると、がん専門病院が5.58±2.97(n=52)項目と最も多く、最も少ないのは国立大学附属病院で、3.53±2.20(n=19)項目となっていた。
年齢層別にみると、最も多く選択していたのが「25〜30歳」で、5.24±2.86(n=54)項目選択しており、25歳未満(3.95±2.86,n=38)や40歳以上(3.60±1.93,n=40)より有意に多くなっていた(P<0.05)。

また、それらの相談、質問に対してどのような対処をしたかをきいたところ、図3のような結果であった。最も多かったのが「患者の訴えを聴いた」で88.6%、次いで、「看護婦の知識の範囲内で返答アドバイスした」70.1%、「医師に対処を依頼した」63.5%であった。「そのまま放置した」という回答も一人あった。年齢、臨床経験による回答の違いはみられなかった。選択した項目数は、一人あたり平均4.0±1.89項目であった。
- 治験への関わりで看護職が重要だと認識するもの
治験への関わりで看護職が重要だと認識するものについて、実際に関わっている内容を問う質問と同内容の、18項目から成る選択肢にて、上位3つを回答するよう求めた。最も多かったのは、「患者の訴えや不安を聴く」で75%、次いで「医師から患者へのインフォームド・コンセントに同席」49.2%、「患者の身体的変化、状態を医師に伝える」37.1%となっていた。
また、実際に関わっている内容(Q2)と重要だと認識する内容(Q7)の回答を比較したところ、表1のような結果となっていた。これより、「インフォームド・コンセントの場を設定」「その他」を除くと、実際に行なっている項目を、重要な項目として選択する傾向があることが示された。
表1 実際に関わった内容(Q2)と重要だと認識する内容(Q7) n=317 n=369 No. 項 目 (1) (2) (3) (4) 関わった人 関わった人の内、
その内容を
重要と選択した人(2)/(1) 回答者全体で重要と選択した人 1 医師から患者へのICに同席 132(人) 80(人) 60.6(%) 49.1(%) 2 治験に関する補足説明 73 15 20.5 8.9 3 患者の訴えや不安を聴く 188 151 80.3 74.8 4 ICの場を設定 34 4 11.8 14.4 5 医師と患者の関係調整 67 19 28.4 21.4 6 患者家族と医療者との関係調整 37 7 18.9 14.4 7 患者の身体的変化、状態を医師に伝える 181 74 40.9 37.1 8 プロトコールに関するカンファレンスを開く 25 8 32.0 11.9 9 治験患者のケアに関するカンファレンスを開く 39 15 38.5 24.4 10 治験薬の投与 190 27 14.2 8.7 11 検体採取(採血、採尿) 138 7 5.1 2.7 12 バイタルサインのチェック 162 20 12.3 7.3 13 副作用症状への対処 108 20 18.5 12.2 14 医師が行ったIC内容を記録 104 13 12.5 10.8 15 副作用症状の観察・記録 217 60 27.6 26.0 16 治験の効果の観察・記録 82 9 11.0 6.5 17 バイタルサインの記録 241 28 11.6 9.2 18 その他 5 0 0.0 1.4 (複数回答) (上位3つ回答) (上位3つ回答) - 治験に対する看護職の意見
治験に対する看護職の意見を自由に記述する欄を設けたところ、対象者369人のうち、87人(23.6%)が回答していた。
記述者の属性をみると、「臨床経験20年以上」の人(62人)のうち37.1%(23人)(表2)、「婦長」職の人(19人)のうち52.6%(10人)(表3)が記述しており、いずれも各属性の分類の中で最も多くなっていた。一方、記述者の割合が少ないのは、「臨床経験5年未満」(17.1%)、職位では「スタッフ」(20%)となっていた。
表2 治験に対する看護職の意見記述状況<臨床経験ごと> 自由記述欄の回答 合計 無回答 記述あり 臨床経験 5年未満 (人) 97 20 117 (%) 82.9 17.1 100.0 5年以上10年未満 (人) 80 21 101 (%) 79.2 20.8 100.0 10年以上15年未満 (人) 43 13 56 (%) 76.8 23.2 100.0 15年以上20年未満 (人) 20 8 28.0 (%) 71.4 28.6 100.0 20年以上 (人) 39 23 62 (%) 62.9 37.1 100.0 合計 (人) 279 85 364 (%) 76.6 23.4 100.0 表3 治験に対する看護職の意見記述状況<職位ごと> 自由記述欄の回答 合計 無回答 記述あり 職位 婦長 (人) 9 10 19 (%) 47.4 52.6 100.0 副婦長 (人) 20 8 28 (%) 71.4 28.6 100.0 主任 (人) 26 11 37 (%) 70.3 29.7 100.0 スタッフ (人) 220 55 275 (%) 80.0 20.0 100.0 その他 (人) 0 1 1 (%) 0.0 100.0 100.0 合計 (人) 275 85 360 (%) 76.4 23.6 100.0
以下に、記述内容の例をいくつかあげる。
・医師と患者の説明不足、理解不足の間に挟まれるのは不本意である。医師からの説 明もとても不足であると思えるし、患者も返事だけして内容が理解されず開始するときになってあわてて看護婦に質問したり、不安がったりするのはおかしい。医師と患者はお互いに考え直すべきだ!・治験の目的も副作用も何も知る機会がないし、医師が個人的に製薬会社?の依頼を受けているのか、どのような関わりで行っているのか、何も分からないでただ看護業務量が増加するだけの現状では治験の意義も何も認められない。
・治験を傍観したことがあるが、現在私の見た限りでは治験は看護婦の協力無しでは成立しない。特に外来の場では、医師は患者に初期説明(IC)した後は、実際の進行(記録、治療内容の患者理解の促進、再説明、実施)は看護婦が行っている。そんな中、ICに同席することが出来ない忙しさがあり、看護婦の負担が大きい。治験は重要なことであるため、体制の整備、特に医師側の関わりの強化を検討してほしい。
これらの記述から、看護職が実施されている治験に対して“怒り”を感じながら関わっていることが示唆された。
・治験のプロトコールなどに関して、看護婦がもっと内容を知るべきだと思うし、それに基づいて患者の不安などに対して関わっていければよいと思う。・治験は医師が急にやっているという印象があり、看護婦への説明が少ない(いや無い)。また、現在どのような治験薬が国内で行われているかの情報が得られない。(努力していないだけかも…)
・看護婦側に十分な説明がされていない。看護婦もプロトコールは理解して従っているのだが、期待される効果など従来使用のものとどのように違うのかよく知らないまま動いている。もっと治験に対する患者の期待や不安など共感し、看護婦も自ら医師に聞いてみると言う積極性がほしい。
これらの記述から、看護職が実施されている治験に対して自分を“戒め”ながら関わていることが示唆された。
・治験はどうしても実験台に自分がされているという意識が強くなる。治験を受ける患者にとってそのような意識を持ってしまうようなコミュニケーションでは治験を依頼する資格はないと思う。もっと患者さんが選択できるようになっていくことが望まれる。特に看護婦が関わるには忙しすぎるので、看護婦は関われないのが実状である。・治験の必要性が分かるが、沢山有りすぎ把握できていない治験もある。プロトコールに従うのも必要だが、情報不足の点をどう把握していけばよいか考えるときがある。
・結局治験のことに関して看護婦の方にくる情報は受ける患者の期間くらいで、具体的な計画、効果の有無などはよく分からないでただ看護業務量が増加するだけの現状では治験の意義も何も認められない。
これらの記述から、看護職が実施されている治験に対して“ジレンマ”を感じながら関わっていることが示唆された。
・治験における看護婦の役割:医師による患者へのICに他の業務が重なっていたため同席できないのが多いので出席できる状況を調整してくようにしていきたい。治験の目的、方法、注意事項を確実に実施できるようプロトコールを熟知していく。
・治験に参加する、しないは患者自身の意志で決定されるべきものだと思うので、患者自身の考え意志をしっかり看護婦は受け止め、もし本当の気持ちを医師にいえないようなことが有れば、きちんと本人に変わって医師に伝え、きちんと話し合いの場を設ける。患者自身がしっかり意志決定できるよう、支えとなるべきだと思う。
・患者さんの本当の気持ちを聴き、不安を抱いている場合には、医師に伝え、患者が 納得し治験薬を使用または拒否するかを決定できるように心がけている。医師から 説明されると、「イヤ」「コワイ」と言えないのが患者さんの心理だと思うので、調整役としては重要だと思う。
・現在HIV治療に携わっており、新薬の治験が著しい。治療法がどんどん変化してくるため、リサーチナースが必要な疾患ではないかと思う。また医師から治験をすすめるが、迷う患者も多くいるため、セカンドオピニオンを求める患者のためにも 看護婦が窓口になり相談に乗ることも必要である。
・医療者と患者、家族間で十分な説明と同意(IC)がなされることが最も必要だと思う。看護婦は医師、患者、家族の間に入り、これを確実に行っていく立場にあると思われる。
・治験の必要性は理解できるので、看護婦が責任を持てる範囲内で協力をしていきたい。治験が患者及び患者の家族に誤解ないように行なわれるよう、医師との調整役に徹したい。
これらの記述から、看護職が実施されている治験に対して"看護婦の具体的役割を提示"しており、前向きに関わっていることが示唆された。
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まとめ
治験に関して実際に看護職が関わっている内容(複数回答)は、回答者一人平均、設定した選択肢のうち1/3以上を選んでいたことから、看護職が治験に関連してかなりの時間、身体的労力を費やしていることが推察された。また、治験に関する患者からの様々な相談、質問を受け対処する「臨床経験5〜10年」の中堅看護職の姿が浮かび上がった。今回の調査によって把握した、治験に対する看護職の関わりをまとめると、以下のとおりである。すなわち、看護職は「バイタルサインのチェック」「バイタルサインの記録」「副作用症状の観察、記録」をし、「治験薬の投与」「検体の採取」を行っている。その一方で「治験の副作用」や「治験に対する不安」「治験内容」「治験の効果」について質問、相談を受け、それに対して「患者の訴えを聴き」「看護婦の知識の範囲内でアドバイス」をしている。また、「患者の身体的状態を医師に伝え」、「患者からの質問、相談の対処を医師に依頼」し、「インフォームド・コンセントに同席」していた。
一方、看護職自身の認識を問うと、看護職が重要だと認識する役割は「患者の訴えを聴くこと」「インフォームド・コンセントに同席すること」「患者の身体的変化、状態を医師に伝えること」「副作用の観察、記録」「カンファレンスの開催」「患者、医師間の関係調整」などとしており、調整役、コーディネーター的な役割をあげていた。
また、調査対象者の認識は、治験実施に対して「怒り」「戒め」「ジレンマ」を感じながら関わっている一方、「看護婦の具体的な役割」を自覚しているなど、治験に対する看護職の活動状況が明らかになった。
- 対象の概要
平成8年度GCPに関する検討プロジェクト
委員長 井部俊子
阿部悦子
川野良子
菅田勝也
佐藤惠子
林 直子