看護の日

呼びかけ人による添え書き

呼びかけ人による添え書き

この度発起人になられた方々は、お一人お一人それぞれに看護との深いかかわりを持たれ看護の心を大切に思われるとともに、看護職にも格別の理解と応援の気持ちを抱いておられる方々です。

2年余り前、私が「看護の日」の制定について始めてご意見を仰いだのは日野原 重明(ひのはら しげあき)氏 ですが、氏はそのとき非常に大きな励ましを与えて下さいました。日野原氏はサイエンスとしての医学とともに、アートとしての医、患者への慰め、癒し、支援の技としての医が21世紀に花開くことを念じておられますが、それにはまず看護の心が国民にひろく浸透しなければならぬと教えて下さいました。

秋山 ちえ子(あきやま ちえこ)氏は、もうどなたもご存知のことですが、私の知るかぎりでも40年の長きにわたり障害のある方々の生き甲斐のために、まさに東奔西走の日々を重ねてこられました。

石川 美代子(いしかわ みよこ)氏は、夫君である元国立がんセンター総長 石川七郎氏の在職中から同センターターミナルケア研究会に熱心に参加され、夫君を看取られたあともなお、患者のケアのためにボランティアとして活躍しておられます。

高久 史磨(たかく ふみまろ)氏は、まず患者のキュアに力を尽くされてきたのは勿論ですが、近年長期化してきた患者の終末期をより安らかなものとするために、早くから医師と看護婦との協力で、病より病者を癒すためのケアにも深い関心を持たれてきました。

高原 須美子(たかはら すみこ)氏 は、15年間寝たきりであられた母上の介護のため、5年間は仕事を断念されて全力を尽くされ、その看護によって自らをも充実させ、母上の入院後は看護の現場を深く見つめてこられました。

橋田 壽賀子(はしだ すがこ)氏は、仕事の上でも「いのち」と取り組まれ医療の現場を取材されましたが、夫君が不治の病にかかられた時、病む人が、その重篤な病状にもかかわらずこころやすらかに明日を信じて闘うことができるよう、実にきめ細かな心づくしで支えられ、夫君の人生の最後の一日まで充実したものとするための看取りを果たされました。

柳田 邦男(やなぎだ くにお)氏は、改めて記すまでもなく、「ガン回廊の炎」など一連のドキュメントで、医療の場におけるプロフェッショナルの「立ちはだかる難題を何としてでもブレーク・スルーしなければ退かない」パッションを主題とされ、また闘病する者自らとケアする者がお互いに支えあう人間の絆の強さ、確かさ、そして美しさを描かれ、そこからはこれからの医療におけるケアの重要性を認識させられます。

吉武 輝子(よしたけ てるこ)氏は、女性の地位の向上のために戦ってこられた立場と、ご自身の闘病体験をとおして、情熱をもって看護についての問題提起をしておられますが、愛嬢が心豊かなナースとして活躍されているのも、吉武氏のこの姿勢と深いかかわりのあることと思います。

吉利 和(よしとし やわら)氏は、多くの優秀なナースの育成に貢献してこられましたが、今、夫人の献身的な看護を受けて闘病なさりながら、ケアのあり方についてますます思いを深められる日々を過ごしておられます。

呼びかけ人、中島 みち(なかじま みち)氏も、自分のガン体験や夫の死までのケアを通して看護の重要性を認識し看護婦の方々に深く感謝し、もし社会復帰する日があれば、看護と看護婦が大切にされ、看護婦が日々生き甲斐に満ちて働けるような社会を作ることに微力を捧げたいと願ったものです。

発起人の背後には、たくさんの方々の「看護の日」を願っての環がございます。場合によっては署名集めも可能となっております。この会は、看護職の方々をバックアップするためのものでもありますので、看護職以外の医療者と市民の集まりといたしました。

以上
平成2年8月8日