東日本大震災から1年が経過した。忘れもしない2011年3 月11日、私は厚生労働省の会議に出席していた。かつて経験したことのない突然の強い揺れに身を縮めるばかりであったが、一時避難の後、何とか協会に戻り対策本部を設置した。まさか日本全体に、こんな甚大な被害と試練を与える災害になろうとは、まだ十分に想像できていなかった。
2012年3月11日、国立劇場で行われた東日本大震災一周年追悼式に日本看護協会会長として、65万人の看護職会員を代表し参席させていただいた。14時46分黙祷。日本中があの日を起点に、この1年を振り返る。大地震発生後、すぐに災害支援ナース派遣等の支援活動を実施した。日々の生活においても節電・節約に努めてきたが、1年経った今、改めて問うてみる。変わらず被災地のことを想い続けているだろうか。平常の暮らしに感謝しているだろうか。手術後間もないお身体でご登壇された天皇陛下の「おことば」を拝聴し、私はますます自省の念を深くした。
「思いもかけない巨大地震と津波に襲われ命を落とした人々、その中には危険を顧みず救助活動や防災活動に従事した人々が含まれること、原発で住み慣れた地域から離れざるを得ない人々がいること、多くのボランティアが被災地に足を踏み入れ、様々な支援活動を行ってきたこと、原発事故に対応すべく働いてきた人々のこと、諸外国からも様々な支援やお見舞いが寄せられたこと」(以上、当日拝聴した「おことば」より抜粋引用)。
亡くなった方々への追悼と、残された全ての者へのねぎらい、感謝と激励が詰め込まれたおことばだった。救われるような気持ちを抱くと同時に、残された私たちは、よりよく生きるために何をすべきか、特に看護職として何ができるか、改めて考えさせられた。
ひとつ見えてきた課題は「災害看護」を特別なものにしないことだ。この震災を機に、災害支援ナースの研修を受けたいという要望が急増している。協会としてもちろんその熱意には応えたい。しかし、いつどこで災害が発生するかはわからない。全ての看護職が「災害看護」を身近に意識して学び、一人ひとりに備わる力にしていきたい。起きたことを学習していくこと。それが人間の智恵である。教養とは理想的な文化を築くために必要な創造的な知識や理解力である。私たち看護職は智恵と教養を総結集した「看護の力」で、一人でも多くの人の「生きる力」を支えていきたいと願っている。
改めて誓う。「支えることをやめてはいけない」と。
2012年3月28日
2月。暦の上ではもう春であるが、まだまだ寒い。が、被災地のことを思うと身が引き締まる。今回は被災地訪問、社会保障・税一体改革の説明会、診療報酬改定の3つの出来事で感じた「看護の力」について書いてみたい。
1日、福島県いわき市の訪問看護ステーションを訪れた。“復興支援はこれからが本番!”と引き続き強調したいが、人手も物資も限られた状況の中で生き生きと活動する看護師たちの姿に、一筋の明るい兆しを見た。「あの人は今、どういう状態でいるのだろう」、身内でなくても24時間本気で心配している。この職業的使命感はいったいどこから湧いてくるのであろう。その人の病気と生活を複合的・総合的にみて、全体として最良としていくプロセス。そこに改めて「看護の力」を感じた。同時に、避難所から病院、そして在宅へと「つなぐ」看護の役割が、言葉だけでなく、地域で着実に実践され始めていると確信した。
7日、民主党主催で「社会保障・税一体改革」説明会が開催された。本会理事・職員の他、県看護協会等から100名以上の看護職が参集した。その他、医療関係団体が参加した。本会として今回最も強く要望したのは、看護師特定能力認証制度の法制化である。法制化に向け議論が続いているが、意見交換の場で、議員から役割拡大の重要性を示唆する発言があったことは、非常に心強く感じた。来る超少子高齢社会。我々医療従事者は少ない人数で多くの患者を支えていかねばならない。この構図は変わらない。限られた資源を使い、「あるべき医療提供体制」が構築されていくであろう。しかしシステムはつくられたとしても、重要なのはその中で働く人の活動である。専門職としての質、働き方の中身も併せて検討すべき課題だ。先述の説明会では、私以外に県看護協会代表者たちも、同じく法制化を訴えるとともに、看護職の労働条件の改善などについても発言した。ここでも国民のニーズを捉えている「看護の力」を感じた。医療を変えるには医療従事者や現場から、もっと積極的に発言していくことが大事である。
10日、中央社会保険医療協議会(中医協)は2012年度の診療報酬改定を小宮山洋子厚労相に答申し、6 年に一度の介護報酬との同時改定の全容が出そろった。看護職の負担軽減を図る評価や在宅医療の推進として訪問看護関連に高い評価がついた。看護は追い風だ。改定プロセスにおいては、看護代表として本会より多くの意見を述べさせていただいた。それらの提言が目に見える形で反映された、一つの成果と思っている。
(2012年2月22日)
新年のあいさつ回りも一段落し、1月も半ばを過ぎようとしている。昨年は東日本大震災や福島原発事故を経験し日本にとって多難な年であった。日常を取り戻しつつあるように見えるが、あの3月11日、そして被害に遭われた方々や、今なお避難生活を続ける人々がいることを忘れてはならない。これからが復興の始まりだ。1日も早い復興を目指し、継続的支援を進める。
1月14日和歌山県病院協会の研修会、17日東京大学医学教育国際協力研究センターと、「チーム医療」をテーマとする講演が続いた。東大では夕刻にもかかわらず総勢111人、医師の他看護師やその他の医療職種、文部科学省やマスコミ、出版社の取材も見られた。看護職だけでなく医師や一般にも関心の高いテーマということがわかる。理由の一つは、チーム医療とは何なのか、今ひとつ明確にしづらいからであろう。
チーム医療とは、「多様な医療スタッフが、各々の高い専門性を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつ互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と定義される(厚生労働省「チーム医療の推進に関する検討会報告書」2010年3月19日)。もう少しかみ砕いて言うと、チームのメンバーが共通のゴール(患者の回復)を目指し、それぞれの専門分野で責任を持って業務を分担し、結果を出すということ。結果を出さなければならないと言うと厳しく聞こえるかもしれないが、「チーム医療」を推進するに当たっては、単に多職種が協力して医療をよくしようというスローガン的なところからもう一歩進んで、適切な役割分担によって患者が本当によくなったかどうか、治療期間や費用等の面から評価・検証し改善していこう、今はその段階にあると考えている。
1月6日の「社会保障と税の一体改革素案」において、「チーム医療の推進」が明記された。その中で看護師の役割や能力に対する期待も高く、医療関係者だけの議論ではなく、国民のニーズとして受け止めていかなければならないと思っている。期待に応えうる、質の高い看護師を育てていきたい。能力を高めると同時に看護職以外の専門職と力を合わせることができる。チーム医療においては「他の人と手をつなぐ力」が求められる。1月20日、厚生労働省の大谷泰夫医政局長は全国厚生労働関係部局長会議で、2012年度を「『新生在宅医療・介護元年』として立ち上げたい」と述べた。我々も病院から在宅へ、医療と生活をつなぐ看護職として、さらに大きな一歩を踏み出そうではありませんか。改めまして今年もよろしくお願いします。
(2012年1月26日)
師走に入った。普段は走らないような師も走るほど忙しい時期ということだが、私に至っては走りっぱなしの1年であった。今日も走っている。東日本大震災という未曾有の自然災害で日本中が混乱する中、6月に本会会長に就任し、看護職の労働環境の改善など継続的な課題とともに、被災地の復旧・復興支援も新たな重点政策・事業として掲げ、全力で取り組んできた。
その中で、いつも忘れてはならないと思うのは現場だ。5月(副会長当時)には実際に被災地の石巻市を訪れ、避難者の方々や救護に当たる看護職と話をしたことで被害の甚大さを肌で実感した。8月の日本看護管理学会の開催に当たっては、現場の看護師や看護学生からヒアリングし、「患者に寄り添う看護がしたい、自身も満足が得られる看護がしたい」という、今も昔も変わらない看護のアイデンティティを再確認した。
12月8日、埼玉県看護協会の「看護管理者及び認定看護師の研修会及び交流会」に講師として参加した。対象は同県の認定看護師154名、看護管理者102名。これもまた、生の声から現場の問題・悩みを知る絶好の機会とばかり、わくわくする気持ちでグループワークに臨んだ。現場に触れてほしいという県看護協会の役員の方たちの計らいだ。
認定看護師は現在19分野・総数9,048名(2011年9月)と着実に増えているが、それぞれ共通の悩みもあれば分野特有の問題もある。最も数の多い皮膚・排泄ケアは在宅への進出がますます期待されるが、院外で裁量権がどこまで認められるかがカギとなる。感染管理のビジョンと具体的活動(教育と普及)は明確であるが、長期的にデータを蓄積し活用するのは個人の力では難しい。小児救急看護は少子・核家族化や育児不安が社会問題化する中で期待される若い分野であるが、どこで働くのか活躍の場が明確でない等々。これらの声に対し一つの解決策として本会が支援できるのは、地域やコミュニティで認定看護師同士のネットワークを構築することだと考えている。ネットワークと言ってもインターネット上で悩みや問題を共有するだけでなく、その改善に向け、時には集まって議論したり共同研究や発表会を行うなどすれば、個人のスキルアップにもつながるだろう
さて激動の2011年の漢字は「絆」であった。震災で実感した家族や友人の絆、助け合う人同士の絆、サッカー女子の見せたチームの絆のように、看護職を元気にする強い絆をつくり育んでいきたい。
(2011年12月20日)